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レンズ越しのセイレーン
Mission
Mission9 アリアドネ
(1) トリグラフ港@
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ュードが息を呑んだ。ミラは冷笑する。分かってたくせに、と。

「待って、ミラさん。どうして急にそんなこと言うの」
「だって私は分史世界の存在なのよ。本当ならあの世界と一緒に消えてるべき人間。そんな異物が正しい世界に入り込んでる。だからなんでしょう? だからもう一人の私は戻れないんでしょう?」
「確証はないだろう」
「でもそれ以外に考えられる? 他にあなたたちのミラと会えない理由に説明がつく?」

 一度口にするとそれこそが真実である気がしてきた。
 ミラの口は開いた蛇口のように、心の底に押し込めた情念を溢れさせる。

「ずっと知らんぷりしてた。本当なら私は死んでたはずなんだってことに。自分でも知らない内に消えてたかもしれないって考えるのは……怖かったから。ルドガーとエルに優しくされて、自分でも分史世界を壊していって、いつのまにか自分が正史の人間になった気でいた。壊される側はたまらないなんて主張しながら、心の底じゃ『あっち側』から脱け出せてよかったっていつもほっとしてた。でも、思い出した。偉そうに言う私だって、『ミラ=マクスウェル』じゃなかった」

 ミラは震え始めた唇を指先で押さえた。
 今までに偽物だの紛らわしいだの言われてきても、正しいのは自分自身だと思えた。
 けれども、今は無理だ。痛いほど思い知らされた。

 ――この世界に「いる」のはミラ=マクスウェルで、ミラではない。

「お前――ずっとそんなふうに考えてた、のか?」

 ルドガーの問いはただ哀しげで。ミラは言葉もなく俯くしかできなかった。

「……わかんない」
「エル――」
「わかんないよ。ミラはいけないの? ミラが『まくすうぇる』じゃないの、そんなに悪いことなの? ココのミラじゃないミラは、ここから消えなきゃいけないの? エルたちと会えなくなんなきゃなの?」

 エルは握り固めたミラの両手をそっと包んだ。暖かい、やわらかい。この感触をとても大事だと感じるようになってきたのに。

「ねえ、エル。もし私があなたのパパを殺したらどうする?」
「パパを――ころす?」

 エルはパチパチと瞬きし、意味を理解するや、ミラに掴みかかった。

「パパは死なないよっ!! エルが『カナンの地』に行って助けるんだから! パパは…エルのパパは…っ」

 下腹をぽかぽか殴るエルを見下ろしながら、ミラは裡でとぐろを巻いていた情念が冷めていくのを感じていた。エルの小さな両手には魔法がかかっているのかもしれない。

(私じゃない。私じゃなかった。私がいたら、この子の願いを妨げる)

「……ごめん。でもね、エル。エルがエルのパパを失くしたくないように、ジュードたちだって、ジュードたちのミラに会えないままでいい理由なんてないのよ」
「っ、ミラ、さん」
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