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亡命編 銀河英雄伝説〜新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
第七十八話 ゼーアドラー(海鷲)
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キルヒアイスが居ないという寂しさ……。
「ジークの御両親にはお会いしたの」
少し掠れ気味の声だった。
「はい、ヴァンフリートから帰還した後、訪ねました」
「そう……」
また会話が途絶えた。姉の顔を見ることが出来ず俯きながら話を続けた。
「正直、責められると思いました。殴られても仕方ないと思いました。キルヒアイスを軍に誘ったのは私です。そして私の身代わりになって死んだ……。でも責められませんでした。二人ともただキルヒアイスの事を聞くだけで……」
「……」
あの日の事を思いだした。キルヒアイスの両親に“遺体は”と問われ俯いていた自分、そして母親の泣き声とそれを慰める父親の声。突然目の前がぼやけた、涙が零れ落ちそうになる。慌てて目を手で拭う。話しを続けようとして姉と男爵夫人が目をハンカチで押さえているのが見えた。
ポケットから認識票とペンダントを出してテーブルの上に置いた。ヴァレンシュタインから渡されたキルヒアイスの遺品。
「それは?」
「キルヒアイスの認識票と遺髪が入ったペンダントです」
二人の視線がテーブルの上に向かった。
「どうしてそれをあなたが持っているの? ジークの遺体は見つからなかったはず」
姉が訝しげに訪ねてきた。男爵夫人も不思議そうな顔をしている。
「第六次イゼルローン要塞攻防戦で敵が返してくれました。エーリッヒ・ヴァレンシュタイン、ヴァンフリートで我々を敗北に追い込んだ男です。彼は私とキルヒアイスの事を良く知っていて、それでそれを保管し返してくれたんです」
「……」
姉と男爵夫人は複雑な表情をしている。ヴェストパーレ男爵家はヴァレンシュタインとは関わりが有った。男爵夫人は当然全てを知っているだろう。姉上にも話したのかもしれない。単純に敵と憎むことは出来ないだろう。俺自身、ヴァレンシュタインを敵と認識しても憎むことは出来ない。むしろ何故敵なのかと遣る瀬無さが募る。
「これをキルヒアイスの御両親に渡してこようと思っています。二人とも遺体が戻らなかったことを悲しんでいました。せめてこれだけでも……」
また声が湿った。大丈夫だ、涙は流れない。
「そう……、それが良いわね。……でも貴方は大丈夫なの? それが無くて寂しくは無い?」
姉が心配そうに問いかけてきた。俺の顔をじっと見ている。俺は右手を胸に当てた。
「大丈夫です。キルヒアイスはここに居ます。ここに居て私を見守ってくれる。だから寂しくは有りません……」
姉と男爵夫人が顔を見合わせ、そして微笑んだ。二人ともずっとキルヒアイスを失った事を哀しみ、俺の事を心配していたのだろう。
「強くなったわね、ラインハルト。……私も一緒に行っていいかしら」
「ええ、キルヒアイスも喜ぶと思います」
帝国暦 486年 9月
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