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くらいくらい電子の森に・・・(誰も死ななかった編)
第五章
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震わせて、泣きそうな表情を作る。涙目になれれば完璧なんだけど、劇団員じゃないのでそこまでは無理だ。
「どうしたんだい、姶良君!さっきまであんなに余裕なかんじだったのに!」
「………!」

こっ…この馬鹿っ!どこまで腹芸が通用しないんだ!!

「…無理、してたのよね。男の子同士だから、弱音が吐けなかったのよ…」
彼女は瞳をうるませて、手を握り合わせて僕に近づいてきた。そしてそっと手をとり、胸元に引き寄せた。
「ごめんね、許してね…帰してあげてって頼んでるけど、みんな聞いてくれないの…」
「そうだったんだね…そんなに怖かったのに、僕には帰れなんて…」
挙句、杉野氏まで瞳をうるませて僕の肩を抱えはじめる始末。
…よ、よし、こいつら2人とも救いようのない天然だ。普通ならだいぶ勘弁してほしい状況だけど、今回はひとまず助かった。間違いなく、この部屋の中で一番悪い奴はこの僕だ!!

――なんか涙が出てきた。

「…なんでこんなことをしてるんですか?そういう人には見えないのに…」
丁寧に背を撫でてくれる彼女の肩にもたれ、表情を隠しながら呟く。…他人事だからどうでもいいけど、見知らぬ男にこれだけ密着されて、普通ならセクハラを疑う場面だろう。大丈夫かこの人は。
「…最初は、会社のなかの小さな諍いだったはずなの。でも…。どうしてこんなことになっちゃったのか、もう分からないわ」
白い頬を、涙が伝った。…この人はきっと、社内の面倒な争いに、逃げ遅れて巻き込まれたんだ。
高校の部活動なんかでも、こんな事はよくあった。どうでもいいような意見の食い違いがもとで、元々相性が悪かった奴らが派閥を作って大きな諍いを始める。…で、周りの『どっちでもない』人間を諍いに巻き込んで、少しでも派閥を大きくしようとするんだ。
僕みたいな日和見タイプは、くわばらくわばらと口の中で唱えながら目立たないポジションに引っ込んで、嵐が過ぎ去るのを待つ。でも人がよくて要領が悪い奴に限って、真剣に話を聞いてしまったりして、どっぷりと諍いに巻き込まれ…下手をすれば仲直りの暁には悪者にされていたりするんだ。
……要は、この2人はよく似ている。なんだか、胸が締めつけられる思いだ。
「なんか、寒いな。…ここは、北のほう?」
「そう?一応都内だけど八王子が近いから、ちょっと底冷えするかも…あ、ごめんなさい、気がつかなくて。暖房つけるね」
そう言って、机に置かれたリモコンに手を伸ばした。今どき学生もしてないような淡い桜色のマニキュアが、白い指先を染めていた。…僕はこのくらいのほうが好みだな、などと勝手な感想が去来する。
良心が痛むけれど、こっちは下手すれば命がかかっているんだ。彼女の人のよさを利用して、情報を最大限に引き出させてもらう。
「八王子かぁ…甲州街道、近いのかな。車の音が
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