隅々に眠る
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わば客だというのに。
オレのそんな考え方も失礼ではあるんだけど。
「……むう。まだまだ。もっと集中しなさい。じゃないと適応できないわ」
「は、はあ」
どうやら葉は意外に手こずっているようだった。オブジェクトの適応が葉しかできないので、その感覚は全くわからないのだが、いつもはもっとスムーズにこなしていなかったか。
そんな風にして見ていると、ようやく葉の小さな両手に握られたカメラが学長の胸の中へと侵入し始めていた。
物理的におかしな状況が起きていることは、物理が苦手なオレにもわかる。
衣服に穴を開けず、肉や骨をくだいて突き破っているわけでもない。だのにカメラは、沈んでいく。
忘れ物が、彼の体に戻っていく瞬間だ。
「――はい、終わり。終わったわ。完了。完遂したの」
「へえ。完遂だなんて言葉、どこで覚えてきたんだ? 葉」
「この前姫希が貸してくれた本よ。これでも随分と漢字を覚えたほうだわ。でしょう?」
「そうだなあ。葉は頭もいいし努力家だから、きっと天才になるな」
恥ずかしそうにはみかみながら、葉はオレの隣へと戻ってきた。心なしか距離が近いのは、褒めろということなんだろう。
仕事中だから無視だけどな。
体すり寄せてんじゃねえっての。
「記憶の適応にはしばらく時間がかかります。ゆっくり、ゆっくり咀嚼して理解して、適応していってください。誰も、急かしたりはしません」
一応、これで仕事は終わり。
依頼主が鍵と喪失感と、あと知りたいという願いと持って忘却下宿を終えてから、こうして忘れ物が具現化した姿――オブジェクト――を適応して、最後に報酬を要求する。
無理強いはしないけど、断られたことはなかった。
それだけ大事なものを取り出したんだろう。
オレ達が忘れ物の正体を見つける方法は少し特殊で(これまでも十分特殊ではあったけど)、少しだけ、その忘れ物に関わる記憶を覗くことになる。
つぶった目から涙をこぼす目の前の男性と共に見た記憶の断片では、どうやら友人と訪れたらしい外国が見えたのだが、そこで起きた凄惨な出来事というのが、彼を学長にし、そして修正されたのだった。
その出来事というのがなんなのかは、まあ、どうでもいいんだろう。
少なくとも、部外者であるオレ達がどうこう言う話ではないさ。
キーワードは――
――中東。
――正義。
――ジャーナリズム。
――部族。
――カメラ。
葉の教育にはどれも必要ではあるけど、あれだけ凄惨な暗い部分は、まだ先に教えるほうがいいんだろうなあ。
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