隅々に眠る
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ど、よろしいですか」
「ええ、それはもちろん。それで、ええと、何をするのでしたかな」
「いえ、そんなに大げさなことじゃないんです。ただ、僕達が担当する忘れ物というのは特別なシロモノで。あなたの人生から捨てられたあの忘れ物の存在を知っただけでは、思い出したことにはならないんです。忘れ物自体が象徴化した、僕らがオブジェクトと呼んでいるものを、適応していただかないと」
「簡単に言えばよ、おっさん。あんたは今、忘れ物をしているってことに気がついている状態で、それを取り戻してる状態にはねえってこと。大事なのは、この適応の瞬間なのさ」
「成程。流石についていきかねる話ではありますが、いえ、疑いません。この身で体験したことをどうして疑いましょう。あれだけ自分を嫌悪した経験も、あれが初めてなもので」
「大丈夫だわ」
葉は、何食わぬ態度でつぶやくように返す。
その口ぶりはとても無機質で、こんな日常に生きている人間らしく、異常に見えた。
オレが言える身分ではないのだけど。
「誰だってそんなものだもの。邪魔なものは切って捨てるの。そして切って捨てたことも忘れる。自分勝手な保身の結果。人間なんて、所詮そんなもの。邪魔なら捨てるの。現実も、思い出も、縁も、そして実の子供であっても――」
オレ達はそんな風に捨てられたものを取り扱う仕事。
明確な呼び名はない。
ただとある下宿に非常に依存した仕事であるから、通称として、忘却下宿、だなんて呼ばれているだけなんだ。
仕事の内容は、一口では決して言い難い。
1-2
「仕事の話をしましょうか。最後の、仕上げについて」
学長に導かれた先の柔らかなソファーに腰をかけたオレは、出された飲み物には一切手をつけずに正面に座る彼のみを見つめる。
緊張感がないといえば嘘になるかもしれない。
今目の前に座る彼は、間違いなくオレよりも多くのことを知っているだろうし、そういった過去は往々にして人間を大きくするものだ。
だから、現状において下手な余裕は意味がないと思うわけだ。
こんなもの、直ぐに話をつけて金をもらって、はいさよならが一番いいに決まっている。
偉そうな人間も、事実偉い人間も、オレは好きじゃないのさ。
「葉、出すんだ」
「うん」
彼女の小さなポーチから取り出されたのは、真っ黒なカメラだった。
こ汚い安物に見えたとしても、彼にとってはとても大事なはずの一品である。
「以前忘却下宿の方で、忘れ物は見つけましたね。その正体も、見届けさせてただきましたし」
「ええ。私は辛い過去と一緒に大事な友人の存在を、忘れていたのです。全く情けない」
「そんなものです。僕らが取り扱うような特殊な忘れ物は、忘れていることすら忘れてしまうから特殊なのですから」
「だからこそ、あたしらが必要な
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