第六章
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「それを取り出して私に手渡してもらいたい」
「沸騰するお湯の中に手を入れるんですね」
「そうだ、できるか」
若し湯の中に手を入れれば、そして熱されている鉄の棒を持てというのだ。そのことを聞いただけで誰でも容易にわかることだった。
「それを」
「確かこれは」
渉はこれが何か、昔聞いた話から思い出した。
「昔の日本であった」
「そうだ、沸騰する湯の中に手を入れる」
哲章も渉に応えて言う。
「その上で中の石なりを取り出し己の身の潔白を証明する」
「つまりこれは」
「君が真に麻美子を愛しているならこれ位出来る筈だ」
哲章は渉を見据えて言う。
「愛とは苦難も傷みも時としてあるからな」
「苦難も痛みも」
「これ位耐えられなくては麻美子を護ることも出来ない」
妹を想う言葉だった。
「何一つとしてな」
「だからこの中の鉄を取り出して貴方にお渡しする」
「私はそれを喜んで受け取ろう」
哲章も受け取るというのだ。
「君のその心をな」
「そうですか」
「さあ、どうする」
峻厳な声での問いだった。
「鉄を取り出すかどうか」
「・・・・・・・・・」
渉は哲章のその問いに真剣な顔で釜を見て沈黙した、沸騰するその中にある熱された鉄を取る、大火傷は間違いない。
しかし麻美子を想う気持ちは変わらない、身を痛めることは避けられない、この二つのことが彼を同時に攻めた。
一瞬だったが永遠の時だった、彼は葛藤し遂にだった。
顔を上げてこう哲章に答えた。
「やります」
「鉄を取るか」
「はい」
意を決した顔での返答だった。
「そうします」
「わかった、しかしだ」
「鉄を渡さなければですね」
「麻美子は渡せぬ」
麻美子はここでは鉄と同じになっていた。
「わかったな、それではだ」
「やらせてもらいます」
毅然として答えそしてだった。
渉は右手を茶釜の中に向けた、そしてその中に手を入れた。
熱い、これまで生きてきた中で最も熱く痛い、だがそれでもだった。
麻美子のことを想えばどうしてもだった、最早引き返せなかった。彼はその熱い湯の中に必死に手を前に出し鉄の棒を取った。
棒も熱い、手全体に恐ろしいまでの激痛が走る、掴んだその手もまた。
痛みで気が遠くなりそうだ、手がなくなるかとさえ思った。だが気力を振り絞り。
その鉄の棒を取り出して哲章に向けた。そのうえでだった。
「お願いします」
「わかった」
哲章も頷きそしてだった。
その鉄の棒を巨大で節くれだった手で受け取った、棒は彼の手の平の中に完全に納まった。
それを握り締めながらこう渉に告げた。
「君の心見せてもらった」
「はい」
「麻美子を任せよう。君がはじめてだ」
「鉄の棒をお渡ししたことはですか」
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