第二章
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その上司はあえて命じたのではないか?焼けと。
こんなもん焼いて、自分のことは忘れろと。
3年以内の自死と書いてあったが、若い女にとっての3年は目まぐるしい。死ぬほど辛い出来事が、遠い記憶に変わるに充分な時間であろう。
―――それも、強がりか。
思えば俺の行動も、いわゆる強がりなのかもしれない。彼女の前では、男はつい強がってしまうのだろう。
あの人が美しく、本当はとても強い人だから。
一切ラクな道に逸れず、わき目も振らずに忠誠を誓い続ける強さが、未熟な俺には怖い。
ただ、安心もしている。
あの人は3年経っても、その上司とやらを忘れることはないかもしれない。だがその記憶に押しつぶされるほど、あの人はきっと弱くはない。そいつの記憶を大事に抱いたまま、顔を上げて歩き続けるのだろう。…労多く、実りの少ない道を。
ちっとも頭に入らない短編集を繰っていると、胸元で携帯が震えた。着信は『姶良』。
「…何だ、こんな時間に」
『いやもう10時ですから』
「4年は授業ないから12時まで寝るんだよ」
『就職決まったんですか』
「………用件を言え」
姶良は少し間を置くと、声のトーンを少し落とした。
『……あの、折り入って話しておきたいことがあって』
「何だ」
『えと…昨日、やっと説得したんです。先輩には言っておいたほうがいいって』
「何を」
『その…いろいろ事後報告になっちゃって申し訳ないというか、お心一つにとどめておいて貰えると有難いというか…心の準備はいいですか?』
「柚木のことなら知っている」
携帯から言葉にならない悲鳴があがる。奴が落ち着くまで耳から離し、短編集の続き(といってもちっとも頭に入っていないので何処から読もうが同じ)を繰った。
『だっ…誰から!?』
ようやく人語が聞こえてきたので、携帯を耳にあてる。
「壁に耳あり障子に目ありということだ、姶良よ」
そのまんまの意味とは思うまい。
『他の奴らも、知ってるんですか!?』
心なしか、わくわくしているような姶良の声が耳朶を打つ。恐らく自慢したくて仕方なかったのだろう。
「口止めはしておく。用はそれだけか」
『えっ…いやその』
「今、短編集がいいとこなんだ。切るぞ」
まだ何か語りたげな姶良の電話を、ぼろが出ないうちに強引に切る。…若干むかつくが、何やらつかえが取れたような、黒雲が晴れたような気持ちで2杯目のコーヒーをすする。そろそろ、俺も帰ろう、俺の日常へ。
念のため、Bサンドとコーヒーを買って帰る。万が一、麗人が俺の部屋にいたら、きっと腹を減らしているだろうから。居なければこれは俺の昼飯になる。無駄なことは何もない。
―――最初から何の期待もしない。常に気持ちに逃げ場を作る。これが俺の処世術だ。
店を出て、予想以上の眩
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