第二章
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ているんだ、俺は。散々なブラックデーにも程があろう。いや、もう15日か。
面倒見がよく、ちょくちょく厄介事に巻き込まれ、そんな自分を変えようにも変えられない?…その通りだよ馬鹿野郎。今だって、義理も何もないあんたの今後が気になって仕方がない。
…あんたは多分、幸せにはなれないな。
思わぬ十字架を背負わされたせいか。…否。あの人は背負うべくして背負ったのだ。今、この十字架を背負わずとも、遅かれ早かれ他の厄介事に巻き込まれていたことだろう。
底抜けに人がよく、気の優しい彼女は、絶対的に平穏な人間関係の中でしか自分自身を保てない。
湖面に映る月影は、水がざわめけば乱れ四散してしまう。
相手が俺だとどうだ?と一瞬考えたが、多分俺には無理だ。まっすぐ過ぎる人が相手だとどうも、引いてしまう。…なんだか申し訳ない気分になってくるのだ。
だから、惚れないように細心の注意を払った。…大丈夫、まだ惚れてはいない。あっちも、俺なんかには惚れないだろう。あの人は『放っておけない男』に強く惹かれるのだ。色々ぶっちゃけ話をしてくれたのは、俺が通りすがりの他人だから。もう二度と関わり合うことのない人間だと、分かっているからだ。
時間潰して、帰って、あの人が跡形もなく消えてしまっていても、俺の日常は滞りなく過ぎていく。今まで、常にそうだったように。
あれは幻だったのだ。…再度、自分に言い聞かせる。公園の池からほっそり突き出た蓮の葉におかれた朝露をぼんやり眺める。消え残った月影が、朝露にうつりこんでいた。
…そうだ。蓮の葉にうつった月影と同じなのだろう。朝露がころりと池に落ちるのが早いか、月が消えるのが早いか。いずれにせよ、もうすぐ消える。二度と現れることはない。
…なに感傷的なことを。
腹が減ってきた。いつのまにか太陽がビルの頭を離れ、結構高い位置に来ていた。そろそろドトールあたりなら開いているだろうか…。
俺は、この日初めての客だったらしい。
誰もいない客席を見渡して、窓際の隅っこの席に鞄を放る。温かいカップを両手で包み込み、半分程すすった辺りで、ようやく氷柱から人間に戻ったような心地がした。
一緒に注文したAサンドをかじりながら、また麗人の話を反芻する。彼女が包んで、葬った死体というのは、誰の死体なのだろうか、メモを残して死んだ上司と彼女の間には、どんな感情のやりとりがあったのだろうか…。
「……あ」
突然、気がついた。
上司が残したメモに、最後に書き添えられた一文。
「読後このメモの焼却を命じる」
何気なく書き添えられたこの一文が、一番大事な『遺言』だったのだ。…この一文がなければ、麗人はいつまでも形見として、そのメモとやらを持ち続けていたにちがいない。記憶は塗り替えられることなく、そこに留まり続ける。
だから
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