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されど、我らが日々
第一章
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ちに噛んでいる。…肉食獣の端くれとして、都会の常識と野生の本能の狭間で揺れ動いているようだ。
様子をうかがっていると、やがて犬は「……よし!」といったかんじで、脇腹のあたりにがぶりと噛みついた。
「いつっ……」呻いた。

……いや、それはまずいだろう!

咄嗟に駆け寄り、犬の隣で「ダン」と足を踏み鳴らした。犬は我に返ったような顔つきで、ひょこひょことその場を離れた。

――危なかった。明日の朝刊の三面に、少々猟奇な記事が載るところだった。

「おい、あんた。大丈夫か」
犬の餌を横取りしたような塩梅で気分悪いが、一応声を掛けた。長い黒髪で顔が隠れてよく見えないが、寝ている…というより、酔っているようだ。膝のあたりに缶ビールが転がっている。
「………なんで、邪魔したんですか」
リクルートスーツに毛が生えたような黒いスーツの肩が、もぞりと動いた。顔は見えないが、泣いているようで、地べたに小さな水溜りが出来ていた。
「私を食べれば、あの犬さんは飢えをしのげたんです……」
「アンパンマンか。あの犬があんたを食べていれば、明日にはガス室だぞ」
「……もう、うんざりです……みんな、どこまで殺せば、気がすむのかしら」
「いや、気晴らしでやってるわけじゃなかろうが…」
俺の台詞の途中で、女の首ががくーんと垂れた。…信じられん、こいつまた寝やがった。
「……おい、起きろ。さっきの犬が戻ってくるぞ」
5回ぐらい揺すぶると、ようやくもう一度首をあげた。地味な眼鏡のレンズが点滅する街灯をちかちかと反射して、ますます顔がよく見えない。
「放っておいて下さい…私なんて、どうなったっていいんです…」
「そういうセリフは鶯谷あたりで言え」
「鶯…はいけません。私なんてついばんだら、澄んだ声が濁ります……」
「……まぁいい。どうなったってよくても、犬の餌はまずいだろう、公衆衛生的に」
「はぁ…私は…浅はかです…」
…また首が落ちた。同時に点滅していた街灯が、ぷつり…と瞬くのをやめて、辺りが真っ暗闇になった。
「………うぅむ」
散々だ。…今日はなんて散々な日であろうか、姶良よ。
お前の隠し事を知ってしまったうえに、自殺志願の酔っ払い女を拾ってしまった。とりあえず警察呼んで、こいつを引き取ってもらわなければ。…あぁ、めんどくせぇ。
少しして目が慣れてくると、公園のベンチやジャングルジムが、蒼い影を落としているのが見えた。見上げると十六夜の月。
ふと、女の顔を見ていなかったことに気がついた。…今日はさいわい、月の光が強い。警察の前にちょっとだけ…。そっと脇に手を入れ、首ごと持ち上げてみた。酔っ払いにキャメルクラッチを掛けているようで気分が悪いが…。長い髪が邪魔だったので、かきあげて肩に寄せた。月光は眼鏡のレンズを透かして、その奥を蒼く照ら
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