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或る皇国将校の回想録
第一部北領戦役
第三話 猫達の帰還、伏撃への準備
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居ると知れば少しは気の慰めにはなる。

 そう思いながら大隊長室の扉を叩く。
「新城中尉入ります」
おざなりな返事が返る。中に入ると大隊長伊藤少佐は、
屈み込み火鉢に吸っている葉巻の灰を落としながら言った。
「――若菜大尉の事は報告を受けた。
後で受勲を申請するつもりだ、少なくとも感謝状は出るだろう。」
 ――遺族は喜ぶだろう。将家とはそういうものだ。
 そう云いながら少佐は火鉢から顔を上げた、苦労が刻まれている顔だった。
 内乱で彼が主家としていた将家が亡びてからは軍の主流から外された旧将家の生まれであり、四十半ばを向かえているのに既に退役間近の様に見えるほど疲労した姿と黒ずんだ少佐の階級章が彼の今を象徴している。

「――到着が遅れた理由は?」
どこか投げやりさを感じさせる言い方で伊藤が尋ねる。

「はい、先の報告の通りです。大隊長殿」
新城の返答も無感情なものであった。
「馬鹿野郎!天龍と出くわした!?そんな与太信じられるか!
貴様は若菜大尉を見捨てて後退した。だから遅れたのだろう!」
 伊藤は葉巻を火鉢に叩き落としながら怒鳴るがどこがそれも、演技じみている。
「はい、大隊長殿。 そうではありません。全ては報告の通りであります」
  空々しい雰囲気が漂う中で新城は思った。
 ――結論が出ている会話だ。 愚かしい確認作業でしかない。

「まぁいい、損害は役立たずのボンボンと兵三名だけで済んだ、それで十分だ。
貴様は好きになれんがな」

――どうやら正直という美徳は持ち合わせているようだ。 
新城は、このくすんだ男と殆ど話したことがなく、碌に評価をしていなかった事を今更ながらに思い出した。
 伊藤少佐は細巻に火を着けながら再び口を開いた。
「中尉、他に言う事はあるか?」

 ――言っておくべきだろう。少なくとも自分がこの男を再評価する為にも

新城は口を開いた。
「敵の可能行動に意見があります。」
大隊長は無言で眉を上げ促す。
「状況から判断して、今夜中に夜襲を仕掛けねばなりません。放置した場合――――」

大隊長が手を振り新城の言葉を遮る
「もういい、それは俺と幕僚達が考える事だ。」
「……」
何も答えずに新城も察した。
 ――同じ結論がもうでているのか。

「まぁいい、あと二刻で指揮官集合をかける、今後の方針はそこで決定だ。
あぁ、そうだ。既に情報が話しただろうが貴様に第二中隊を任せる。
若菜よりましな所を見せてくれ」

 ――どうやら昔は、有能な将校だったらしい。いや、あいつが悪く言わなかった事も考えれば今もそうか?
 そう考えながら新城中隊長は敬礼をし、退出した。


同日 午後第七刻半
独立捜索剣虎兵第十一大隊 大隊本部 開念寺



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