第百二十二話 蘭奢待その十一
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「そこまでして着られることは」
「いや、これでよい」
「よいのですか」
「うむ、飯にしてもじゃ」
「今日も玄米ですか」
「麦飯かのう」
どちらかだというのだ。
「それでよい」
「他の家では白米でございますが」
「それでよいのじゃ。民は何を食うておる」
「米に稗や粟を入れて」
所謂雑穀、それを入れて食べている。
「そうしています」
「ならばじゃ。我等が贅沢をしてどうする」
家靖の口調は半ば咎めるものだった。
「それをしてはならんな」
「だからでございますか」
「うむ、贅沢はせぬ」
「服も飯もですか」
「普請もじゃ」
これについてもだった。
「己の為の贅沢な屋敷なぞ決して造らぬぞ」
「だからこの浜松の城もですか」
見れば浜松城は堅固だが壮麗さとは無縁だ、随分と武骨な造りである。それは彼等が今いる部屋の中でもである。
「こうした造りですか」
「そういうことじゃ。ではじゃ」
「年貢を安くしますか」
「そうするとしようぞ」
こうして家康は年貢を安くした、そのうえで無駄遣いをなくして政にあたっていた。
民達は家康のこのことに感激しそれで言い合うのだった。
「我等が殿は素晴らしいのう」
「うむ、見事な方じゃ」
「年貢を取らずご自身の贅沢を捨てられる」
「こうした方がおられるとはな」
「しかも我等の殿様とはな」
このことに感激するのだった。
「これだけの方がおられるとは」
「信じられぬわ」
いい意味であった。そして。
彼等は彼等の仕事にさらに励んだ、家康への想いはかなり深いものになっていた。
楽しそうに働く彼等を見て酒井は唸る様にして共にいる榊原に言った。
「よい国になっておるのう」
「はい、全くです」
榊原も酒井のその言葉に頷く。彼等の目の前で田畑も堤も次々に整っていっている。
「日に日によくなっています」
「そうじゃな。全ては殿のお陰じゃ」
「殿は我等に対して律儀で慈しみ深いだけではありませぬな」
「民達にもじゃ」
それが家康だった。
「ご自身はあくまで質素倹約でな」
「左様ですな」
「しかも只の質素ではない」
酒井は唸る様に言っていく。
「飯や碗、足袋に至るまでな」
「とにかく何から何まで」
「実に質素じゃ」
家康はそうしているというのだ。
「あそこまで為されることはないと思うが」
「しかし殿はあえてそこまで為される」
「民を治めその年貢で生きているからこそと仰り」
そうしてなのだ。
「あそこまで質素にしておられる」
「滅多に出来るものではありませぬな」
「うむ」
まさにそうだというのだ。
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