第四章
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てこない。
「――お前、やばいぞ」
低い声が、静かな廊下をずるり、と流れた。それは怪談の締めみたいに、ぐきりと心臓に刺さった。
「…なにが」
「前に言ってた、ぎりぎりまで耐えて、都会に逃げるってやつ」
「なによ。蒸し返す気」
「お前、多分耐えられない」
「耐えられそうになかったら、卒業前に逃げるもん」
「無理だ。気付けない」
「……なんなのよ」
「気付けないんだよ、耐えられないって気持ちに」
「そんなはず、ないじゃん。自分の気持ちなのに!」
…また沈黙。河童はふたたび、そろりそろりと言葉を探しだした。
「砒素って毒、知ってるか」
「聞いたことあるわ。…詳しくは知らないけど」
「昔、よく暗殺に使われた毒だ。毒で暗殺っていうとアレだろ、なんか突然コップ取り落として、うっとか叫んで悶絶しながら死んでいくの想像するだろ」
「……違うの?」
「砒素は無味無臭で食べ物に混ぜ込みやすい。一番便利なのは、体内に毒が蓄積するところだ。一回に盛る分は、少しでいい。少しずつ、繰り返し…」
「……どうなるの」
「致死量に達した時点で、死ぬ。傍目には、なにかの病気で少しずつ衰弱して死んだように見える。急に具合が悪くなるわけじゃないから、異変に気がつけない…お前が受け続けている圧力に、すごく似ていないか」
―――とてもうまくいっている、仲のいい親子。
―――物分りのいい、家庭的でおしとやかなお嬢さん。
―――私があのひとから受け続けている、そんな無言の圧力は、どこかに逃げ場を持っているの?
「毎日、少しずつ受け続ける圧力だからこそ気がつけないんだよ。もう充分やばいのに、まだ大丈夫、あと少し大丈夫…そう、勘違いする。そしてじりじり、限界に近づいて」
「じゃあどうすればいいの!!」
もうこれ以上聞くのに耐えられなくて、言葉を遮った。
……聞きたくない。うすうす気付いてた。こんなの、長続きするわけない。
河童はまだ出てこない。…まだ、何か言う気なんだ。思わずドアに手をかけた。
りりりり……りりりり……
廊下の奥で、電話が鳴った。救われた気分でドアの前を離れる。
「……はい、狭霧でございます」
『おっ流迦、今日も早かねぇ。ラジオ体操け?』
……お父さん!
「おはようございます、お父さん。今日はちょっと早めに目がさめちゃったの。昨日、疲れて早めに寝ちゃったからかなぁ」
私の猫なで声を、彼がドアの向こうで聞いているのかと思ったら嫌気がさした。…自分に。
『ははは…大根掘って、わっぜぇだれたごたる。よかこつばい!』
「うふふ…お父さんも早いのね。どうしたの?」
『へっへっへ、流迦、ひったまぐっな。…あと30分でそっちに着くが』
「うそっ!!」
つい、大声が出た。
『仕事が早く片付い
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