第二章
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」
彼の目元が、何かをこらえるように歪んだ。…私、なにしてるんだろう。こんな通りすがりの河童に…八つ当たりみたいなこと言って。
「…その」
ごめんなさい、って言いかけた瞬間、チャイムが鳴った。
「るーかーちゃーん♪」
――――げ。
顔を見合わせた。…こめかみを汗が伝ってたのは、浴室の湿気のせいだけじゃないと思う。
「るーかーちゃーん、あーけーてー」
「…いっちゃん!?」
…君はどうしてこんな朝早く、こんなタイミングで来るのかな。
「おっ…俺どうしよう」
さっきの強気モードはどこにいったのか、彼はたちまち河童的な動きで洗面所をぐるぐる回り始めた。…なんか台無しなかんじだ。
「いっちゃんにバレたらお父さんに筒抜けなんだから!絶っっ対に見つからないで」
「お前が一旦近所の公園にでも連れ出せばいいじゃん!」
「一瞬でも、あなたに留守を任すなんてごめんです!」
「いや待ってくれよ、ここ蒸し暑い、せめて他の」「あぁもう時間がないの!!」
浴室のドアを開けて、むわっとする湯気の中に蹴り込み、出てこられないようにデッキブラシで閂をかけた。うっという呻き声のあと、摺りガラスをカリカリひっかく音がした。
「…どうしたの?こんな早くに」
いっちゃんは、今日もやっぱり汗だくだった。首にラジオ体操のスタンプカードをかけたままだ。ラジオ体操が終わって、一目散に走ってきたんだろうな、きっと。日なたの匂いがする髪を私の胸元におしつけて、いっちゃんがぐいっと顔を上げた。
「約束したがよ!今日、いっしょに図書館行くって!」
「あー…」
河童探しから逃れるために、そんなことを言った気がする。それで結局、当の河童に転がり込まれてるんだから、人生ってなにがあるか分からない…。
「午後から大雨降るって、お母さん言っとった。だから早めにいくがよ!」
ぐいぐい腕を引っ張られる。…ちょっとまって、このまま『アレ』を浴室に置いていくのは非常にまずいんだけど!
「あのね、いっちゃん…」
「流迦ちゃん、ぼく、ここ来る途中にすごいの見たがよ!」
「じゃ、そのすごいのの話が聞きたいな。…今日は図書館やめて、うちで遊ばない?」
「えー、図書館がよかよ!ぼく、『火の鳥』の続き読むが!」
「そうなのー、いっちゃんの大好きな、アイスクリームがあるのになー」
「食べる!」
いっちゃんの髪がふわりと降りた。かがんでサンダルの金具を悪戦苦闘しながら外して、玄関の隅っこにちょこんと揃えて、ふと動きを止めた。
「…こん、きっさね靴…誰ん?」
「こっこれは…」
じとり…と、うなじを汗が伝った。ひと月くらい風雨に晒したようなぼろぼろの靴が一足、玄関の隅っこに、ぐんにゃり倒れてた。
…あの河童はもう…!小学生でさえ、よその家では靴をそろえて脱ぐのに。
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