第一話
[1/21]
[1]次 最後
1-1
――車内に充満する色とりどりの匂いがどうにも好きになれない男でした。
そもそも人間の生活臭というのが苦手な人間なのです。
おそろしいのはそれ――特殊な習性のようなものです――が彼の頑固さと相まったときで、そういったとき、到底彼は駄々をこねる少年のような厄介者に成り下がるのでした。
今年で二十三になる彼は、到底少年と言えるような年齢ではないはずなのですが、肉体と精神とが釣り合うことを放棄したかのような生き様こそ、二十二年と少しの歩みの結果というのですからこれはもう仕方のないことなのかもしれません。
根本的な解決が無理なら妥協するしかないというのは人間の性でありますが、結局、彼の子供らしさが嫌ならば傍によるなという、これまた至極子供じみた言い分の先に一応、決着するのです。
難儀なことは、彼の子供らしさとは全く別のところに、彼の魅力があるところで。
そしてそれは基本的には交互に出現するというのですから、全く難儀なことなのでした。
人を惹きつける能力――というものが仮にあるならば、彼には間違いなくそれがあるでしょう。
しかし同時に、人を引き離す能力も備わってもいる。
二律背反を体現したような男が、要は彼の全貌と言えるのです。
「西園寺(さいおんじ)。君はあれかね。僕を嫌がらせようとしているのだね。そうだろうね」
「まさか。私がどれだけ先輩のことを尊敬しているか、先輩はご存知ないんです。だからそんなことが言えるんです」
「どれだけ尊敬してると言うんだ。僕という男が、弁当と香水と体臭と生活臭とシーツの無機質な臭いとジャンパーの蒸れたような臭いと――ともかくいろんなものが混ざり合った臭いが嫌いだというのを知らない程度の尊敬だなんて、こんにちはの使い方もわからないのに礼儀を知っているとぬかすようなものなのだがね」
「食欲には勝てない程度の尊敬だと、こうは考えられませんか。なんでも否定的にとってはいけませんよ。ですから性格がネジ曲がっているだなんて言われるんです。頑固なのに曲がってるんですから、これはもう大問題ですよ」
「食欲に勝てない程度の尊敬を肯定的に取れる人間なんて、そもそも狂ったように前向きな、バッファローみたいな人間くらいに決まっている」
「バッファローの肉って美味しいんですかね」
「どうして」
「いえ、牛肉弁当なんですよ、これ」
「知らんよ……」
彼はコートを鼻まで引き上げながら眉間にしわを寄せました。
窓の外は既に暗がりです。
流れる闇に思いを馳せようと試みているようですが、それは結局、この苦痛な空間をごまかすための苦肉の策でしかなく、景色を楽しもうだなんて気持ちはさらさらないのです。
「闇のむこうに何か見えるんですか。素晴らしいですね先輩。良いものが見えたら是非教えてください」
[1]次 最後
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2024 肥前のポチ