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いぶにんぐ
第一話
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うやくわかったでしょう? 人の世とは、とても息苦しくて鉄臭くて、本当に冷たいものなのです。こんな世界に、あなたが踏み入れてはいけませんよ。手続きさえしてくれれば付き添い人も提供できたというのに」
「それじゃあ、意味ありません」
「と言いますと?」
「……笑いませんか」
「どうでしょう。冷笑、苦笑、爆笑。笑うといっても色々ありますから、聞いてみないことにはなんとも」
「それじゃあいいです。そんなこと言う人には話しません」
「ああそんなに拗ねないで。どうか聞かせてくださいよ」
「……御正さんは、運命って信じますか」
「信じますね。正確には、縁、と呼ぶものですけど。人と人とが出会うときというのは、大抵運命的なものです。それが良きにしろ悪きにしろ」
「お母様は、丁度とある旧家に顔を出すために山を降りた時に、出張中だったお父様にお会いしたと言っていたんです。それがとてもいい雰囲気だったみたいで、お母様ったら自分が何者かを隠してお父様と話に暮れたんだそうですよ? お母様がお父様に自分の身分をなんと言ったかわかりますか」
「さあ。なんて言ったんです?」
「木こりだそうです。お母様ったら、人間のお仕事なんてそれくらいしか知らなかったんです」
「お父様は、相手が嘘をついていることを知っていたんですね。それでいて、一緒にいたかった」
「そうです。結局その時もらった名刺を頼りに、それから数ヵ月後にお母様はお体一つで人間の街に出ていくわけですけど――私ね、御正さん。運命的な出会いってしてみたかったのだわ。お父様のお墓参りに出て行ったらうっかり素敵な出会いがないかって、そう思っていたんだわ。馬鹿ね。新幹線なんて知らなかったから、道行く人にいろいろ聞いて、麓の人からもらったこのお金でチケットを買ったんです。それで、これで乗れるのを教えてもらって、何もわからないままこうして揺られていたんですけどね。きっと間違った道を行ってるんです。私、わかるんです。企んでいる時点で、運命的だなんていえないですものね」
「どこに行きたかったんですか?」
「湯布院という町に」
「これでいいんですよ、姫ヶ里さん。このあといくらか面倒なことがありますけど、これでいいんです」
「嘘ばっかり。御正さんってお優しいんですね」
「……どうでしょう」
 何かが弾ける音が、大穴の向こうから聞こえて車内で反響しました。
 遠くで底冷えのする地鳴りが三度続きました。
 そんな中で、姫ヶ里は涙を一筋こぼしたのです。
「御正さん」
「はい」
「こんな生活、疲れませんか」
「どうでしょう。いい加減慣れましたよ。僕はここで生まれた、人間ですからね」
「結局、生まれた場所でないとうまい具合にはならないんでしょうね。わかりました。もう帰ることにします。お母様に、許してもらえるかはわかりま
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