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いぶにんぐ
第一話
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 すらりと銀に光る太刀を片手に持ったあやかしは、猛禽類のような鋭い瞳で姫から御正を睨みつけ、さらに一歩を踏み出します。
 抜身の太刀というのが一体どう言う意味を持つのかは、世情に疎い姫ヶ里にも、わかったようでした。




1-4

「姫、帰りましょう」
 相手の声は、くちばしから出たとは思えないようなはっきりとした日本語でした。
 低く、地面を震えさせるような威圧を込めた声です。
「いやよ。私は帰らないわ。何のためにここまで出てきたと思っているのよ。あともう少しなんだから」
「母上様が大層心配なさっています。山のためにも、ここは是非」
「わからないのね。あなたとは話はできないわ。お母様には早くに帰るとだけ言っておいて。私は大丈夫だからって」
「それはできません。さあ姫。帰りましょう」
「――ちょっと待つんだ。そこを動くな。太刀を握ったその片手を動かすんじゃないぞ」
 一度強く太刀を握り締めたのを見た御正は間に立ち入り動きを止めますが、目の前のあやかしはモノを知らず、人の世を知らぬ存在なのです。
 こんなことで止まるどころかひるむような存在では、決してないのでした。
「貴様は何者だ。姫の前に立つというのなら、切り捨てる」
「ここは山の中じゃないんだ。そんな風に何でも力づくで解決できることなんて、そうそうないんだがね。扉のむこうには人間がたくさんいる。ここで揉めればそっちだって楽じゃないだろう」
「人間など知るか。貴様を斬り、姫を連れて帰ればいい。それだけだ。時間も力も、さほどいらん」
「これだから山の怪は嫌になるな……」
 当然、このような状況に備えていないわけではありませんが、ただそれはそれ。
 力づくは、誰もが望まない選択なのです。
「ねえ、お願い。私は行かなくてはいけないの。どうしても行きたいのよ。父の墓に」
「父上様のお墓ですって?」
「そうよ。生まれてから一度も行ったことのないお父様のお墓。こっちにあるんでしょう? 私知ってるんだから。お母様は結局今まで一度も連れて行ってくれなかったけど、私だって……お父様に一度くらいお会いしたいのよ……。だからお願い」
「なりません。それは母上様が是非を下す事柄でございます。まずは山に帰り、そこで今一度お二人で取り決めをなさってください」
「実の父の墓にも行けない娘の気持ちなんて、お前のような作り物にはわからないのだわ! だからそんなことが言えるのよ!」
「私はつくりものですが、しかし母上様がどうして姫をここまで連れてこないのかはわかります。それは単に山のため。――物事の一つも知らぬ小娘の小言一つであの山を滅ぼす理由はどこにもないのだ! いい加減目を覚ましなさい!」
 一度大きなため息。
 あやかしのではありません。もちろん姫ヶ里のでも。
 それは
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