36話「とある旅の日常」
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ピードも落ちた。
この馬車馬もただの馬ではない。皮膚は紫銀の鱗で覆われ、尻尾の先とたてがみは鋼鉄のワイヤーよりも硬くしなやか。頭には鋼の鎌のような角が顔ごと覆っていて、眼はなかった。
正体はスレイプニル、魔の眷属第六世代である。だが、まだ幼体であるため、外見はDクラスの魔物と瓜二つだ。それぞれに個体識別名が生まれつきある魔獣の一員として、このスレイプニルの仔にも名があった。それがシュラ、シュラクファミディエルだ。長い為、アシュレイ達はシュラと呼んでいた。
馬車を買おうと寄った貿易都市シシームで、紆余曲折を経て結局アシュレイに懐いた次第だ。
シシームを出て3日。商人は7日で着くと言っていたが、シュラの強靭な脚力と体力により、あと1日程度で武闘大会開催の町ファイザルに到着しそうだった。この分なら初日から試合観戦ができるかもしれない。
「アッシュー、疲れたー」
「はいはい。そろそろいい時間だし、昼にするか。シュラ」
声をかけると、ゆっくりと減速してから止まる。初めは止まれと言ったら急停止をするものだから、あのときは慌てた。むしろシュラに追突した馬車がダメージを受けたが、そう言う問題ではない。中にいた2人も額や後頭部にたんこぶを作っていたし、シュラ自身にも何かの間違いで怪我をするかも知れないのだ。まあ、多少の怪我ならばクオリの回復魔法でどうにかなるだろうが(彼女達のたんこぶもそれで治った)。
(とかなんとかそれらしい理由を並べたててみるが……)
実は一番被害を被ったのがアシュレイだった。御者台に座っていた彼は、急停止の際慣性に従って前方に放り投げだされた。もちろん怪我1つ無く着地はしたが、驚いたのは事実だった。シュラが殊更丁寧に止まるのも、主たるアシュレイに1度とはいえそんなことをしてしまったからだ。
襲いはしないものの、実際のところシュラが懐いているのはアシュレイのみ。たかが人間とエルフなど、シュラにとっては圧倒的格下。ゆえに彼女達の言葉には従わず、無視するのが常だった。ただ、アシュレイが彼女達を大切にしているから、そばに寄ることも、身体を撫でさせるのも、許しているだけ。
まあそんなものだろう、とアシュレイは思っていたが、いつかは心を許してやってほしいとも思っている。
馬車から降りてぐぐっと伸びをすると、パキパキ鳴る肩を揉みながらシュラと馬車を繋ぐ縄をほどきにかかった。その間にユーゼリア達も昼の準備をする。干し飯がいい案配にほぐれると、椀をもらって火の近くに座る。シュラは自分で狩をしにその場を離れた。
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