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或る皇国将校の回想録
第二部まつりごとの季節
第三十六話 庭宴は最後の刹那まで(上)
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かけずに下屋敷で静養なさっていらっしゃいます。若殿様も御愛妾様を上屋敷に住まわせては憚りもありましょう――それに見慣れぬからこそ絶景とも言いますし」
そう云いながらも視線は眼前の絶景を陶然とみつめている。
 ――この美しい光景は中々見ることができない、散々死屍累々の光景を見たのだからこうした光景も楽しまないと感覚の釣合がとれなくなってしまう。
「えぇ、確かにこれは故州でもそうは見られないですね。」
 風光明媚な古都の産まれである茜も感嘆するほどの絶景であった。
「守背山地の絶景に感銘を受けた大殿様が造らせたものです。
池の造形が奥行きを強調していましてね。駒州楓と――「西州萩ですね――皇都でこの両方を育てるのは大変苦労がしたでしょう」
 一瞬、青年将校が眉を顰めたのを見て取った許嫁が言葉を接いだ。
「――ありがとうございます、ですがその甲斐があって――あのように守背山脈を庭園の光景と同一化することができたわけです」 
静寂が戻り、二人は丁寧に整えられた萩と楓に縁どられた泰然とした山脈を眺める。ほんの数寸の間ではあるが、時が止まったかのうように静かな時間が訪れた。
 しかしながら、この庭園で行われるのは宴であり、それは即ちこの国の運命を決定づける面倒事が飛び交うものである。
それを知り抜いている豊守は目を細めて二人の様子を観ていたが、そろそろ頃合いか、と歩み寄った。
「英雄の顔を皆が見たがっているぞ。堂賀殿もいらしているし、顔を見せておけ」

「はい、父上」
 豊守は必要とあらば精力的に動くことを厭わない人間であるが、東州内乱で受けた戦傷によって、杖なしで歩く事が出来ない身である。もっとも、それでも逆に豊守の周りに人が集まるのだが。
「茜さん、そちらの馬鹿者を助けてやってくれ。軍務の外となると老猫みたいなだらけた性根の持ち主でね」
 豊守の言い草に茜はくすり、と笑った。
「はい、豊守様」
 
「豊久さん。もう、軍務に戻ると聞いたのですが、本当ですか?」
二人で宴席へと赴くと茜の弟である弓月葵が目敏く見つけて声をかけてきた。
「あぁ、もうじき前線に出る準備にとりかからなくてはならないからな――と」
 葵は早々に話し相手をみつけていた。
「ふむ、当然ながら君も来ていたか、久しいな、馬堂大尉――いや、中佐か」
 見覚えのある太鼓腹を無理に軍装で包んだ男が相手であった。
「三崎大佐、お久しぶりです――まさか、こちらの庭宴にいらっしゃるとは思いませんでした」
かつて監察課に居た時には豊久の上官だった。だが、彼自身は安東家の重臣団に籍を置いている人物である。
「あぁ、だが今回ばかりは色々あってな。私の前任者が君の父君である事も理由の一つで――まぁそう云う事だ、こっちも色々と事情がある」
と云って三崎大佐は肩を竦めた
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