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或る皇国将校の回想録
第二部まつりごとの季節
第三十六話 庭宴は最後の刹那まで(上)
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動いているのだったな」
 アスローン風の正装に包んだ体を姿勢の良く立ち上がらせ、内務省の実力者は鬱々とした沈黙を打ち払う様に窓辺へと歩んでいく。
「私は私の仕事をする。それは変わらん。全ては御国を栄えさせたまま生き残らせる為だ」
 そう告げる弓月伯爵の顔は気品のある貴族官僚のそれだった。
「そして、望まぬ客人を追い返して二度と来ないよう塩を撒くのは軍の役目ですね」
 
「然り、そして早く良き娘を娶るのは若人の役目だ。」

「その点については深く反省しています。ですが正直なところ、連中が敗けるまで皇都に身を落ち着けられるかどうか怪しいものです」

「我々が勝つのではなく相手が敗ける――か」
漠然とその言葉の意味を理解しているのだろう弓月伯は苦々しそうに顔を歪めた。
 ――日露戦争と同じだ、此方が死力を尽くして英雄的勝利をあげてもまだそれでは足りない。だからこそ過去(ぜんせ)の歴史に習えば此方からも騒乱を煽るべきなのだが――真っ赤なクマさんになったら余計厄介になるか?
「――いや、そうなる前にバラけるか」
 ぼそり、と呟いた豊久へ弓月伯爵が怪訝な顔をして振り向いた。
「うん?」

「あぁ、いえ、大国と云うモノは案外崩れるのは早いって事を思い出したのですよ。」
 ――国家に永遠はない、それは確かだが御国は未だ滅びさせないでおきたい物だ。どうも北領の惨状の所為か自分でも信じられない事だが俺にも愛国心と分類すべき執着があるようだ。
 伯爵と同じく窓に切り取られた皇都の光景を眺めながら豊久が愛国の感傷を味わっていると軽く扉を叩く音がし、柚木が部屋に入ってきた。
「失礼します。大奥様達の御用意がお済みになりました。」
 ――よし、庭宴に向かう準備はこれで完了だな。問題ない――うん、茜さんも上機嫌そうだったし問題ない、筈だ。
「分かった、それでは伯爵閣下。我が主家の誇る上屋敷へ伺いましょうか。」



同日 午前第十一刻 駒城家上屋敷 庭園
〈皇国〉陸軍中佐 馬堂豊久


「良い眺めだな、流石は駒州公だ、羨ましい。――管理費は嵩みそうだけれど」
 駒城上屋敷は皇都にある将家屋敷の中では珍しい木造の屋敷である。そしてその屋敷の三倍近い広大な庭園は〈皇国〉最高峰の庭師達が丹精込めて造りあげられた芸術品であり、一時は文化財にするべきと運動も起きた程のものである。
「――幾ら何でもそれは野暮ですよ。」
 傍らにいる弓月茜がくすり、と笑った。彼女も婚約者として同伴している。
「ですが、此処に住まわないと言うのも少し勿体ないと思いますね。こうした偶の行事でしか使わないのですか?」
 普段は駒城家の人々は基本的に下屋敷で生活している事は広く知られている。
「えぇ、大殿様――駒州公閣下は国事以外では基本的に出
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