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くらいくらい電子の森に・・・
第二十一章
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の手で、下さなければ。

黒い澱は、既に画面の半分を侵食していた。…液晶が霞んで見えた。
「やっと…逢えたのに」
「最後にひとつだけ、わがまま言って…いいですか?」
黒い澱に酷く引き裂かれても、ビアンキは…綺麗に笑っている。
「……うん」
「どれでもいいんです。…始まったら、HUBのコードを一本、切ってほしい、です」
「…コードを?」
「…はい。ハサミとかで」
そう言って、ビアンキはほぼ黒く塗りつぶされた液晶の狭間で、僕をじっと見つめた。
「もう、時間がない…です。…お願い、します」


「――アン・インストールだ」


画面下に作業開始のゲージが出たのを見計らって、僕は青いコードを切った。
濁った液晶の中で淡く明滅するビアンキが、最期に微笑んだような気がした。




――夢を、見ていたのかもしれない。

僕が切ったHUBの切り口から、ビアンキがふわりと舞い上がった。
結露しかけていた蒸気が、そう見えたのかもしれない。…夢、だったのかもしれない。
でも確かに、ビアンキが僕の前で微笑んでいた。
「…ビアンキ?」
「あの箱から出て、電子の塵になってもいいから」
そう言って、僕の胸元に歩み寄った。
「ご主人さまに、触れてみたかった…です」
金色の髪を僕の胸にあずけて、そのまま僕にもたれかかった。…重さはまるで感じなかった。ただ…温かかった。

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「…ご主人さま、あったかい…」
ビアンキの奇妙な体温から、全ての感情が流れ込んできた。嬉しさにも、寂しさにも、もどかしさにも似たそれは、とても言葉に出来るようなものではなく…胸が痛んだ。抱きしめてやりたかったけど、動けない。…霧のように透けるビアンキは、大きく息を吐いただけで霧散してしまいそうなほど、儚かったから。
「やっと、叶いました…」
動けない僕を、ビアンキの両腕が抱きしめた。…やっぱり感触はなにもなくて、ただじんわりと温かい。それが無性に哀しくて、息がつまった。
「私、電子に還るんです。…ハルが、言ってたんです。私も、ご主人さまも、みんなみんな電子で出来てるんだって。…私、何にでもなれるんです、から」
「………」
「電子の塵に還ったら…雨になりたい」
チェレステの瞳をあげて、微笑んだ。
「雨になって、何度も何度もご主人さまの頭に、降りてくるんです」
「…雨の日は、傘を差したいんだけどな」
「じゃあ、柔らかい霧雨になります、から」
「それじゃ春しか、逢えないな…」
「冬は…静電気になるんです。ご主人さまの襟元で、ぱちって鳴るの。私はここよって」
「あはは…夏は雷にでもなるのかい」
「夏は…ええと、夏は」
考え込むようにして、まつげを伏せた。

「柚木に、なりたい」

「え……」

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