ALO編
episode1 必然という名の運命
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しょう? 父さんを誤魔化せるなんて、思ったらダメよ」
「行けると思ったんだよなあ……」
ニコニコと笑うその顔と声は、他の人間には分からないかもしれないが俺には分かる。あれは、自分もホッとしている時の顔だ。恐らく俺が呼び出されたとあって、自分も気が気ではなかったのだろう。
それにしても、母さんはここに来て随分と変わったものだ。
「母さんも、わざわざ来なくてよかったんじゃねえの?」
「そういうわけにもいかないわよ。愛する息子の危機ですもの」
「危機って大げさな……」
いたずらっぽく笑う顔から、目線を逸らして頭を掻く。
絹のように美しい黒髪は、もともとのぼろアパート暮らしで安物シャンプーで洗っていてすらも目を惹くものがあったが、こうしてしっかりと磨き上げて結い上げてあるとどこからどう見ても良家のお嬢様だ。俺の身長から考えるとそこそこに小柄な体は、着ている薄墨色の着物がこの上なく似合っている。その童顔と相まって、まあ、四十の女性には見えない。
(……)
ちらりと見やる。
母親の横顔からは、表情にもそこはかとない変化が見て取れた。以前は……自分の知る母親は、優しさの中にも親としての厳しさ、強さを持っていたのだが、今はそれらがどんどん薄まって、このまま消えていってしまいそうな儚さを醸し出している。
いつ切れるかの張り詰めた緊張感のあった、以前。
それが無くなって、意識を張ることの無い、今。
どちらがいいのか、俺には分からない。
と、笑って俺を見つめていた視線が、ふっと陰った。
「今日も、行くの…?」
「ん、ああ。リハビリだし。そんなにきつくもないし、晩飯までには帰るよ」
「……そう。気を、つけてね」
……全く、うちの家系は、どうしてこうも鋭いかね。
心の中で、今日何度目かの溜め息をつく。
いや、俺が言うのもお角違いか。母さんが言うには、「あなたの勘の鋭さは、一族でも飛びぬけてると思うわよ」らしいしな。とにかく、流石の慧眼は遺伝のものか、或いは十九年俺を見守り続けた経験の積み重ねによるものか。
「んじゃあ、早めに行ってくるワ。散歩もリハビリになるし」
「……うん。いってらっしゃい」
立ち上がる俺に、母さんはゆらゆらと手を振った。その仕草はなんというか、俺を養うためにブラック会社に勤めていたころに比べれば、時間の流れが二、三分の一にでもなってるんじゃないかと疑いたくなる振る舞いだ。
まあ、いい。気付いていない……いや、止められないなら、好都合だ。
俺は、二人の勘の通り、ただリハビリに行っているだけではないのだから。
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