32話「スレイプニル (2)」
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軽く咳き込みながら引っ張った犯人――アシュレイに文句を言おうとした。が、言えなかった。
「いい加減にしろ。危ないだろう」
アシュレイの目は本気だった。初めて彼に本気で怒られたユーゼリアは呆然としつつも、手を引かれ柵から抜けた。その間、まるで守られるようにして彼に肩を抱かれながら。
夢心地のまま柵を出たユーゼリアだが、そうさせた張本人の、押し殺した声で、再び現実に戻る。
「いやぁ、残念でしたね。これで兄さん方も駄目でしたら――」
「――店主」
「は、はい!?」
自分の思惑どおりに事がすすみ、良い気分でべらべらと喋っていた店主も、アシュレイの声に、悲鳴のような声で返事をする。気のせいか殺気の籠もった睨みに、青ざめた。
「……あれは、Dクラスの魔物ではない。あれは【魔の眷属】第六世代、スレイプニル」
「……は?」
「だから、あの馬は魔物じゃない、魔獣だと言っている。それも、よりによって第六世代の」
ようやく理解し始めたのか、店主の顔色が先のクオリと同様白くなってきた。
「…そ、そんな馬鹿な……だって、あの紫銀の鱗と、灰色のたてがみは…ッ!」
「まあ、分からぬのも無理はない。あれはまだ幼体だからな」
「何!?」
腕を組んで壁に寄りかかるアシュレイの言葉を、クオリが引き継いだ。
「スレイプニルの最大の特徴は、魔獣特有の単独行動の他に8の眼と8の脚を持つことですが、それは成体の特徴となります。生まれたばかりのスレイプニルには、脚は通常の馬と同様4本しかありません。成体になると、脱皮と共に脚が8本に増えます。それまでは、自分と同種でただ能力的には格下の魔物に擬態して、群に紛れて過ごします。そして偽りの母親に狩りを教わり脱皮して成体となってから、独り立ちし、単独行動をとるようになるのです。
脱皮するまでは、確かに外見で判断するのは難しいですが…これはなんとも、運がいいのか悪いのか……」
確かにその通りだが、よくここまで詳細を知っているものだと、少々感心した。
「ば、馬鹿な。なら何故今までこいつは暴れなかったんだ!? そもそも魔獣だっていうことが何故わかる!」
「……それは」
「それはわたしがエルフだからです」
アシュレイがどうかわそうか思案していたとき、クオリがフードを下ろした。浅葱色の髪を耳にかけ、それを証明する。
「エ、エルフ!?」
「これで信じていただけるでしょうか?」
店主は惚けたようにクオリを見つめたまま、夢現で頷いた。
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