第一幕その九
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めさせてダニロに対して言ってきた。
「とんでもない侮辱ですから」
「ふん」
「それにです」
彼はさらに言う。
「皆帰っていますよ。場が醒めたから」
「いいじゃないか、静かに眠れる」
「外交的にはとんでもない失敗になりますが」
「いやいや、すぐに挽回できるよ」
しかし彼はこう言って平気な顔をしたままである。
「すぐにでもね」
「だったらいいのですがね」
「あなた」
男爵に妻がそっと囁いてきた。男爵はにこやかな顔になって妻に問う。
「何だい?」
「私達もそろそろ」
「おっとそうだね、それじゃあ」
「それじゃあね」
ダニロの方から彼に別れを告げる。
「また明日」
「今後どうなっても知りませんから」
男爵は去り際にこう釘を刺してきた。
「いいですね、どうなっても」
「どうなってもこうなってもなるがままになるさ」
「貴方も私も更迭されますよ」
「そうならないようにはするさ」
相変わらずの涼しい顔で返す。
「じゃあお休み」
「お休みなさいませ」
ダニロには思いきり剣呑な顔を見せる。しかしその顔は妻に対しては非常ににこやかな顔になるのだから実に不思議なことではある。
「じゃあヴァランシエンヌ」
「ええ」
夫婦仲良く帰る。妻のことには全く気付いていない。
場はあっという間に掃除され整理され奇麗なものになる。ダニロは一人そこに佇んでいたがそこにハンナが不機嫌そのものの顔でやって来た。
ダニロは涼しい顔で彼女を見ている。それからしれっとした顔でこう言ってきた。
「解放されましたよ」
「そうね」
声も不機嫌そのものだった。その声で言う。
「よくもまあこんなことを」
「何かあるのかい?」
「けれどあの時僕と踊るつもりじゃなかったんだよね」
「相手は一人しかいなかったじゃない」
ハンナは憮然としてそう返す。
「しかも一万だなんて。誰も払わないわよ」
「僕はその一万を今この手に持っているよ」
そう言いながらそっとハンナの後ろに来た。そうして彼女の顔を覗き込もうとする。
しかしハンナはその顔をさっと逸らす。まるで遊ぶかのように。
「さて、この一万だけれど」
「演奏は何もないわね」
「演奏は無くても踊れるさ」
ダニロはそう言ってきた。
「そうじゃないかい?」
「では伯爵」
他人行儀に声をかけてきた。
「そのお手を」
「ええ」
ダニロはそっと手を差し出す。ハンナもまた。
何もない、演奏も舞台も何もない場所で踊りだす。ハンナはじっとダニロの顔を見ていた。
「とても酷い人だけれどダンスは相変わらずね」
「一人で踊る機会が多かったからね」
ここで二人は微かに笑い合う。しかしそれはあくまで微かで。まだ本気ではなかった。
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