第二十章
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にもたれかかる微かな気配を最後に、動きを止めたみたいだ。冷たい鉛のドア越しに、柚木の体温を感じたような気がした。
やがて、柚木の囁くような声が聞こえた。
「そのこと、私、まだ根に持ってるんだよ」
「…え?」
「姶良に言わせるつもりだったのになぁ…」
――なんで、今そんなこと言うんだよ……!
ずっと堰き止めていたものは、あっけなく崩壊した。僕はただ涙が溢れるにまかせて、呆然と鉛のドアに寄りかかっていた。僕のどうしようもない醜態を知ってか知らずか、柚木は穏やかな声で続ける。さっき行方を絶った、かぼすみたいに。
「姶良、お願いがあるの」
「………」
「この先、だれか好きになることがあったら、その時はさ…ちゃんと伝えてあげて」
混乱している僕にも分かった。…これは柚木なりの遺言だ。
「姶良なら、きっと大丈夫だよ」
「……勝手に決めるなよ、そんなの……」
こうして話せるのはもう最期なのかもしれないのに、気の利いた言葉が何一つ出てこない。いやだ、死なないで、もう誰も好きにならない―――頭をよぎるのは、柚木を不安にさせるだけの言葉ばかり。…言わないほうがましだ。だから、唇を噛んだ。
気がついたら、ばかみたいに声をあげてしゃくりあげていた。
「―――ね、もう行って」
「―――いやだ」
「でも!」
「いやだ。ここにいる」
「世界中の人が、死んじゃうかもしれないんだよ」
「―――どうでもいい。世界が終わるまでここにいる」
「…姶良っ!!」
ダン!と強くドアを叩く音がした。…少し遅れて、細いため息が続いた。
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――私は感情を信じない。…感情は、判断力を狂わせる…
伊佐木の言葉を、ぼんやりと思い出していた。
そうだ。僕は、これを恐れていたから―――
感情に呑み込まれて、まともな判断が出来なくなるのを恐れていたから。
だから、自分に言い聞かせ続けていたんだ。感情を信じるな、考えろ、冷静になれと。
今も鉛のドアの向こうで、紺野さんが叫んでる。考え直せ、世界が終わるんだぞ、システムを止めろ―――
「――無理だよ」
誰に言うわけでもなく、口の中で呟いた。
柚木を置いていくなんて無理だ。1人でビアンキに立ち向かい、消し去るなんて無理。それに。
感情を切り離して理屈だけで生きていくなんて、僕には無理だったんだ。
――なんだ、僕も結局、流迦ちゃんと同じ過ちを繰り返したんじゃないか。自分の気持ちをないがしろにし続けて、最後の最後で感情に呑み込まれて、狂った。
僕だけじゃない。そう思うと気が楽になった。…柚木がいない世界なんて要らない。僕も柚木と、世界と一緒に消えてなくなればいい―――
ドアに頬を押しつけて目を閉じた刹那、首筋にひやりと冷たいものが当たった。振り向くよりも早
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