暁 〜小説投稿サイト〜
関東鉄道常総線
湯河原気分
[3/3]

[9] 最初
菊の間ご予約のお客さんですか?」と言うので「はい」と答えると、玄関に置いた僕の荷物を見て「あれは、お客さんの荷物ですか?」と言う。「そうです」と言うと、その主人らしき男性は、フロントからだだだっと走るように出てくると僕たちの荷物を掴んで、「こちらですよ」って、あっという間に荷物を部屋に運び入れてしまった。予約した檜風呂付きの部屋「菊の間」は玄関&フロントに近いのだ。

部屋に通されると、つげ義春の「義男の青春」に登場する仲居さんに似た仲居さんがお茶一式を運んできた。

部屋はどこかで見たことがあるなあと思ったら群馬の川原湯温泉に行ったときに泊まった「高田屋(たかたや)」によく似ている。古い旅館は高田屋は妙な構造になっていて、まるでサイレント映画「カリガリ博士」に出てくる建築物のように建物全体がひしゃげているようだった。そのためか廊下も部屋もあちこちがぎしぎし言うし・・・地震でも来たら潰れてしまうだろう。ちょうど花長園も高田屋も同じようであった。

期待しながら部屋に付いている総檜の風呂を見ると、通常の部屋の中庭に薄っぺらな板切れで周りを囲って無理やり増設したような安っぽい感じの小屋があり、その中に水深が深い棺桶のような檜の風呂桶が見えた。2方向の壁には大きなサッシ窓があって、外が丸見えであった。内側から隣の客室の庭が見えるし、向かいに建つ大きな旅館の客室からも丸見えのようだった。

仲居さんは「お風呂の戸をあけていると猿がいたずらしに入って来ますから驚かないでくださいね」と驚くことを言う。ちょっとびっくりしたので「え、まっじぃ?」なんて軽薄な女子高生のような言葉が口から出てしまった。仲居さんは「ふふ・・・まじですよ」と笑いながら「夕食は6時に支度しますから、よろしくぅ」と言い捨ててスタスタと出て行った。

「猿だってよ・・・」とナマコを見るとニコニコしている。やはり仲居さんの冗談だと思っているようだ。僕は「疲れたなあ」と言いながら浴衣に着替えて部屋の縁側の椅子に座っていると、窓の外で「がしゃーん」と大きな音がした。音がしたほうを見ると、ふさふさとした少し緑色っぽい毛をの小さな猿が僕たちを見て驚いてきょとんとしている。すると「人間だ!」なんて言ったのかどうかはしらないが、猿は慌てて“ガチャガチャ”と上の部屋の屋根を引っかきながら逃げ去った。ナマコを見ると、口をぽかーんと開けて僕を見ている。「なんじゃありゃ?」仲居さんが言ったのは本当だったのだ・・・。

つづく
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