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レンズ越しのセイレーン
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Report7 リノス
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「ああ」

 そっけない返事。ユリウスはユティの手にある時歪の因子(タイムファクター)には目もくれず、「ルドガー」の死体の傍らに膝を突いた。泣くでもなく、触れるでもなく、ただ、見ていた。

「ルドガーは、アナタに何て?」
「何も。言いはしたが、あれは『俺』への言葉じゃなかった」

 その言葉をよすがに、ユティは目を細めて頭に描いた。

 「ルドガー」はユリウスではなく、彼にとっての「ユリウス」へ末期の息を捧げたのだ。
 自らを刀で貫くユリウスには一瞥もくれずに。



 ユリウスは「ルドガー」の死体の前で、存分にセンチメンタルに浸ってから、立ち上がった。

 斜め後ろに立っていたユティの手には、時歪の因子(タイムファクター)である銀時計。さすが、抜かりがない。
 しかし、妙だ。いつもの彼女なら呼ばれずとも時歪の因子(タイムファクター)を差し出すはずだ。それが、両手で銀時計を胸の谷間に押しつけたまま、佇んでいる。目は確かにユリウスを見ているのに。

時歪の因子(タイムファクター)を渡してくれ」

 あえて平坦に告げる。ユティは一瞬ためらいを浮かべたが、両手で銀時計を突き出した。
 ユリウスは銀時計を受け取り、負荷の少ないクオーター骸殻に変身した。そして、時歪の因子(タイムファクター)を宙に放り投げ、一刀両断した。

 こうしてまた、一つの天地が砕けて落ちた。



 景色が戻る。夜のマクスバードには人がおらず、暗い海の波音だけが海停に谺していた。
 GHSで時刻を確認する。行動しなければいけないのに、何故か思考は上滑りする。

(いい加減切り替えろ、ユリウス・ウィル・クルスニク。分史世界のルドガーを殺したのは初めてじゃないだろう。アレよりもっと幼い『ルドガー』を殺した時だってあるだろうが。100以上の分史世界を壊してきて、こんなありふれた任務で揺らぐなんてあるわけないんだ)

 深呼吸ひとつ。行くぞ、とユティに声をかけて歩き出す。だが、ユティは付いて来ない。
 もう一度呼びかけても、彼女は動かない。軽く苛立つ。
 ユリウスは戻って、強引にでもユティを引っ張って行こうと手を伸ばし――

「もし、次の分史世界、アナタが時歪の因子(タイムファクター)だったなら、ワタシが殺すわ」

 初めて、震える声を聴いた。

「次だけじゃない。その次も。次の次も。ずうっと」

 初めて、震える拳を見た。

「アナタが『ルドガー』の死をぜんぶ自分のせいにするなら、『ユリウス』が死ぬ時は、ぜんぶワタシのせいにする。だから――」

 続く言葉はない。ユティ自身、どう言っていいか分からず困り果てている。頬を赤らめ、くちびるを握りしめた手で隠し、外したかと思えば深く俯き。

 
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