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レンズ越しのセイレーン
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Report7 リノス
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と」

 じわじわと海へとろけて沈んでゆくのまんまるオレンジ。
 斜陽は一時。じきに夜の帳が下りるだろう。

「――人払い、めんどくさいんだよね」

 転身、「ルドガー」が剣をユリウスの鼻先に突きつけた。その剣はクランスピア社の支給品ではなく、ユリウスが愛用してきたそれだった。
 向けられた翠眼はどこまでも凍てついている。

 ユティがショートスピアを出し、間に割り込もうとするのが視界の端に入った。

「やめろ!」

 駆け下りかけた少女の足がぴたりと停まる。

「手を出すな。頼む」

 ユティは自分とルドガーを見比べた。
 そして、スピアを力いっぱい地面に突いて刃を収納すると、じりじりと階段を下りて、ユリウスの後ろに駆けて来た。

「穏やかじゃないな。兄貴に剣を向けるなんて」
「……誰が?」
「は?」
「俺の目の前にいるのが俺の兄さんなら、俺は幽霊と話してることになるな」
「! お前、まさか」
「クランスピア社、分史対策室エージェントとして訊くよ。『あんた』は『どこ』の『誰』?」

 ――痛みを伴って理解した。

「俺の兄さんは去年、任務中に死んだ。遺体は俺が引き取った。だから俺は誰より知ってるんだ。兄さんがどこにもいないこと」

 ここはユリウス・ウィル・クルスニクが弟を遺して死に、ルドガーが兄の代わりに分史対策エージェントになった分史世界だ。

(……どうあっても俺は、お前を巻き込まずにはいられないんだな)

「俺はユリウスだよ。15の時から『お前』と兄弟してきた。正真正銘、ルドガー・ウィル・クルスニクの兄貴だ。正史世界の人間、と自分では思ってるが、これは不確定だ。分史対策エージェントとしてでなく、私情でだが、この分史世界を壊しに来た」
「…………変装にしちゃ似すぎてるとは思ったけど、やっぱそーか……あーあ」

 「ルドガー」は刀を鞘に戻し、夜天を仰いだ。夜風が「ルドガー」の黒白の短髪をなぶって吹き抜ける。かける言葉が見つからなかった。

(俺だって今いる世界が分史世界だと言われたら、平静でいられる自信はない。考えたことがないわけじゃない。分史を破壊するたびに、本当は自分の世界も分史で、いつか本当の正史の誰かが壊しに来るんじゃないか。そんな、気が狂いそうな仮定を、何度も)

 すると、背中と右腕に小さな感触。――ユティが後ろからユリウスに寄り添っている。
 ユリウスは密かに驚き、そして苦笑いした。彼女はいつも、相手の一歩先に的確な慰みをくれる。

 やがて「ルドガー」はこちらに向けて力ない笑みを浮かべた。

「ありがとう。変にごまかさずに教えてくれて。俺の兄さんは訊いても訊いても答えてくれなかったから」

 ――“兄さんの何を信じろって言うんだ。肝心なこ
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