第百二十話 出雲の阿国その五
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「歌舞伎についてな」
「別に言い寄るって訳でもないね」
「口説くってこともしない人だね」
「まあ阿国さんを口説き落とすってちょっとやそっとじゃ出来ないけれどね」
「この人えらく格好いいから出来そうだけれど」
「それはないんだね」
「おなごは嫌いではないが口説くことはせぬ」
幸村も女は嫌いではない、興味がないという訳ではないのだ。
だが今はそれよりも阿国と会い話をしたい、純粋にそう思ってだったのだ。
「よいか、それで阿国殿と」
「わかったよ、じゃあ阿国さんのところに案内するね」
「そうするね」
「それで阿国殿は何処におられる」
「茶屋だよ」
「これから店に案内するね」
女達は笑ってこう答えそのうえで幸村を橋のすぐ傍にある茶屋に案内した、そこの二階に行くと普通の着物だがやはり艶やかな姿の阿国が紅い杯を手に窓辺に杯を持つ右手をかけそのうえで酔った顔を見せていた、女達はその彼女に対して言った。
「阿国さん、お客さんだよ」
「若いお武家さんが阿国さんと会いたいってさ」
「そして話をしたいって言ってるよ」
「そうしていいかい?」
「ああ、あんたお客さんの中でいたね」
阿国は幸村の顔を見てすぐに言った。
「赤い服、武田家だね」
「わかるか」
「わかるよ、赤といえば武田家だからね」
それでわかるというのだ。
「逆に言えば武田家といえば赤だからね」
「無論隠すつもりもなかったが」
隠密で来てはいない、実際に織田家の領内も堂々と歩いてそのうえで来ている。
「しかしわかるわ」
「まあね、それで名前は」
「真田幸村だ」
名前もそのまま語る。
「武田家にお仕えしている武士だ」
「へえ、あんたが真田幸村かい」
「わしの名前も知っているのか」
「聞いてるよ。武田二十四将と並ぶ智勇兼備の武士だってね」
「智勇兼備かどうかはわからぬがわしは武田家に忠義を尽くしたい」
「いいねえ、心根もいいとは聞いてたけれど」
阿国は酒で桜色になっている顔でとろりとした様子で幸村に返した。
「尽くしたい、だね」
「そう思っている」
「そこで何としても尽くすっていうと嘘臭くなるけれどね」
「わしはそこまでは言えぬ」
人の弱さもまた知っているからだ、それも知らない幸村ではない。それ故の言葉だった。
「どうしてもな」
「そうだね、人ってのはあやふやなものだからね」
「ましてや戦国の世だ、何があってもおかしくはない」
「裏切りや騙し討ちが常の世だよ」
「わしは嫌いだ」
裏切り、騙し討ちは彼が最も嫌うことだ。
「こうした世の中だからこそだ」
「乱世、戦国だからっていうんだね」
「そうだ、余計に忠義や信義を貫きたい」
これが幸村の考えなのだ。
「何処までもな」
「ふうん、言いことを言うね」
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