第一幕その五
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」
「おや、君は」
公爵はトムスキーの顔を知っていた。
「トムスキー君かい?近衛軍の」
「はい、お久し振りです」
「そうだね。何時ぞやの夜会以来か」
「あの時はどうも」
二人は知り合いであった。もっとも一度会ったという程度であるが。
「暫く会わなかったけれど元気みたいだね」
「ええ、お陰様で」
トムスキーはにこやかに答えた。
「私も大尉になりました」
「そうか、それは何より」
「それでこちらが」
ここでゲルマンを紹介してきた。
「私の同僚のゲルマン君です」
「はじめまして」
ゲルマンはそれを受けて前に出た。それから一礼した。
「ゲルマンと申します」
「はい、こちらこそ」
公爵は彼に挨拶を返した。
「ゲルマンさんですか」
「ええ、宜しくお願いします」
二人は握手をしながら挨拶を交あわせた。
「士官の方ですね」
伯爵夫人は既に彼を見ていた。警戒する目をしながら彼に問うた。
「はい、彼と同じく近衛軍にいます」
「左様ですか」
「それが何か」
「いえ、何も」
答えはしたがまだ警戒する目をゲルマンに向けたままであった。
「ところで奥様」
今度はトムスキーが伯爵夫人に声をかけてきた。
「何か」
「今日はどうしてこちらへ」
「孫についてきまして」
「そうだったのですか」
「はい」
この挨拶自体はつつがないものであった。
だが。伯爵夫人は相変わらずゲルマンを見ている。ゲルマンの方もそれに気付いていた。
(やっぱり僕を見ている)
彼は心の中でその視線を感じて呟いた。
(不吉な印象の人だ。その黒いドレスといい)
(不気味な男)
伯爵夫人の方もそれを感じていた。
(一体何を考えているのか)
(僕の心を読もうというのか)
(一体何をするのか)
(僕を告発するのか。彼女を想っていると。まさか)
「ところで」
二人にとってはいいことに公爵がここで話を切り出してきた。
「奥様は以前スペードの女王と呼ばれていたそうですね」
「ええ」
ゲルマンから目を離して答えた。
「もう遠い昔のことですが」
「スペードの女王!?」
トムスキーがその名を聞いて声をあげる。
「それは一体」
「トランプのカードのあれです」
「ああ、あれですか」
一旦は公爵の言葉に頷いた。
「それがこの方の渾名となっていたのですよ」
「それは初耳ですね」
まだ怯えが残っているゲルマンを置いてトムスキーが応対していた。
「どうしてその様な渾名に」
「それは」
「私がお話しましょう」
伯爵夫人が自ら名乗り出て来た。そして公爵を制した。
「貴女がですか」
「はい、あれはパリでのことでした。私はあの頃ペテルブルグのヴィーナスと呼ばれていました」
「ほう」
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