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スペードの女王
第一幕その三
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分でもどうしていいかわからない程なんだよ」
「ゲルマン・・・・・・」
 トムスキーはそれを聞いて提案してきた。
「それなら告白してみたらどうだい?」
「告白・・・・・・」
「そうさ。そして彼女を手中に収めればどうかな」
「無理だ」
 だがゲルマンは友の言葉に首を横に振った。
「どうして」
「彼女はかなり身分が高い。それに裕福だ。僕にはとても」
 貧乏貴族の己の出自を呪わずにはいられなかった。
「じゃ諦めるしか」
「それは嫌だ」
 だがそれにも首を横に振る。
「彼女を諦めることなんてできるものか、僕には」
「ゲルマン、君は本当にあのゲルマンなのかい?」
 思い詰めた彼に問う。
「あの落ち着いた君とは思えない。どうしたんだ」
「これが本当の僕なんだ」
 トムスキーに応えて言う。
「今までの僕は本当の僕じゃない。本当の僕はこうして恋に身を焦がす僕なんだ。もう止められはしない」
 彼は言う。
「自分でも。わかってはいるんだ、けれど」
「それ程までにその人を」
「ああ、もう他の女性のことは目に入らない」
 後ろでは母や姉達が子供達を前にしてお喋りに興じている。だがゲルマンは本当にそれも目に入ってはいなかった。
「こんな心地よい日は久し振りだよ」
 そこには老女達もいた。ロシアに相応しく太った身体を持つ老婆達である。彼女達は若い母親や娘達に対して語っていた。
「今のうちにね」
「太陽の光を浴びておくんだよ」
「太陽の光をですか」
「そうさ、浴びれる時に浴びておく」
「食べたい時に食べ、蓄えられる時に蓄えておく」
「それが生きる知恵ってやつなんだよ」
 所謂生活の知恵を語る。ロシアではお婆さんが何かと生活の知恵を教えてくれるものであるがそれはこの時代でも同じであった。
「ほら、周りを見てみなよ」
「周りを」
「どうだい?皆楽しんでいるだろう」
「はい」
 若い女達は老婆達の言葉に頷く。
「兵隊さんも学者さんも並木道の間で楽しそうに」
「だから私達も楽しんで」
「さあ、気持ちよく」
「遊べばいいのですね」
「そうそう」
「邪魔な亭主や彼氏のことは忘れてね」
「ぽかぽかと」
 そんな話も今のゲルマンの耳には入らない。子供達の声も。彼はその女性のことしか見えてはおらず、考えられなくなってしまっていた。

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