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くらいくらい電子の森に・・・
第十九章
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この危険な領域で活動する以上、無傷での帰還はありえない。かぼすの帰還自体が、深刻なエラー発生の原因となる可能性が高い。ハルによるバックアップが見込めるとしても、今この領域に発生している危険なウイルスは、ハルの処理能力を上回るかもしれない。
だからかぼすは、もとより戻るつもりはなかった。
ただ、任務は果たす。その際、柚木にメッセージを伝えるインターフェースは、ハルの端末である必要はないと考えた。だからこそ、1階に降りてもらう必要があったのだ。
でも何故か、それを柚木に伝えられなかった。
先刻、かぼすの内部に発生した不思議なブラックボックス。それを通すと、思考に不合理なノイズがかかり、理解不能な結論をもたらす。その結論とは、こうだ。

柚木の悲しい顔を、見たくない。

『中央システム制御室、発見』の報告に、思考が打ち破られた。同時に、かぼすの中で警報が鳴り響いた。あの危険なウイルスが、猛烈な勢いで膨らみだしたのだ。二つのMOGMOGが融合した、そのおぞましい存在は、さらに融け合いながら狂ったように回り続け、膨らみ続ける。それはもう、かぼすの目と鼻の先だった…もう時間がない。すかさず、確保していたインターフェースに情報を流す。

<i559|11255>

そして…ほんのコンマ数秒の演算のあと、おまけに一言だけ、ずっと思考を占めていた言葉をインターフェースに流した…。

やがて、かぼすのいる領域を、黒い霧が呑み込んだ。



「かぼすの現在位置、ロストしました」
ハルの無機質な報告が、僕らの間の空気を張り詰めさせた。祈るように指を組んでいた柚木は、そっと指をほどいて掌に顔を埋める。…やがて、その指の間からため息が漏れた。気安い慰めの言葉も掛けてやれず、僕は途方に暮れる。
「…おい、見ろ」
紺野さんが上ずった声をあげた。柚木は顔を上げる気配がない。僕は柚木に遠慮するように、出来るだけゆっくりと首をもたげた。
「何を」
「総合受付の、電光掲示板だ!」
促されるままに顔を上げて、診察の順番なんかを表示する電光掲示板に首を振り向けると、不可解な文字の羅列が視界に飛び込んだ。

――2かいおく せいぎょしつ

2かいおく せいぎょしつ。
流れては消える言葉を何度も頭の中で反芻する。
「2階奥…制御室…?」
…そうだ、2階奥の制御室!僕が覚えていた見取り図の通りで正しかったんだ。そしてこのメッセージを送ってきたのは…。
「――かぼす?」
か細くて消えてしまいそうな声が、柚木の唇から漏れた。その声に反応するように、電光掲示板の言葉が切り替わった。

――すずか だいすき

その文字の羅列は、数回か細い瞬きを残し…やがてふっつりと消えた。
「かぼす……!!」
短い悲鳴と共に、柚木が膝をついた―
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