反転した世界にて2
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教室前。例によって、軽く深呼吸。
――荒井くんとは、先ほど廊下で別れたのだけれど、昼食を一緒に食べる約束をした。
約束と言っても、『じゃ、また昼休みにな』と。まるで日常的に昼休みを共に過ごしているかのような物言いで誘われてしまったのだけど。
どうにも。
機嫌がいいのやら悪いのやら。
それはともかく。今は一人、扉を開く前に少しだけ深呼吸をしてから、朝の教室へと入る。
真っ直ぐと自分の机へ向かおうとすると、
「お、おはよ。赤沢さん」
「!!」
何のつもりか。女子の一人が――たまたま僕の進行方向に居て、たまたま僕と視線が合ったショートヘアの女子が、僕に朝の挨拶を繰り出してきた。
返答を、返答をしなくては、
「ぉ、おはょ……」
「うん」
気管支から変な空気を吐き出しただけみたいな、嘆かわしい声だった。
しかし女子は気にすることもなく、席へと戻っていく。
――今朝はなんだか、珍しいイベントがてんこ盛りだ。クラスメイトに、『おはよう』と言ってもらえたのは実に一年振りくらいか。深く考えると沈みそうになるので無心で自分の机へ。
「――んで、そのクソ店員ったら、コーラとアイスとエロ本一緒に袋詰めしやがってさ〜」
「うわー美沙マジ災難ー」
「ぱねー、マジぱねー」
――やっぱり居やがったな女子三人組。
今日という今日は、ガツンと言ってやるべきだろうか。しかし口に出したが最後、殴られてしまうかもしれない。
あと、地味に会話の内容がほんのちょっぴり気になる。僕は別にムッツリスケベとかじゃないんだけど、でも男なのだ。だが聞き耳立てたりするのはよくないか……、でも……。
――この自問答は、我ながらキモい。
「ちょっと、美沙……」
「ん? ――っつぁ! ごめん。すぐ退く」
「……?」
美沙、と。呼ばれていた女子は、僕の存在に気づくと飛び退くように席を譲ってくれた。
おまけに、くるりと。椅子を机の方へと正位置に。
「……ども」
「いえいえ」
昨日とは違ってニコニコ顔を崩さない美沙女史。なにかいいことでもあったのだろうか。それとも逆に、すごく嫌なこととかあったんだろうか。僕みたいなミジンコにでも同情をしてしまうくらいに、悲しいこととか。
……エロ本と水気のあるものを一緒にされたのが、そんなにもショックだったのか。
慰めの言葉なんて口にしたら袋詰めにされちゃうに違いないので。僕はただ会釈しつつ席について、流れるように机に突っ伏した。
――その後HR開始の予鈴が鳴るまでの間、女子たちの陰口が僕の耳に届くことはなかった。
『あーびっくりした。でもラッキー、赤沢さんと口利いちゃった』
『私なんかさっきあいさつしちゃったもんね〜』
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