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記した億の絶望
序章
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前書き [1] 最後
 一番古い記憶は、当時下腹に襲いかかった激痛を否応無しに思い出させた。腹を押さえ、熱くなった体を低く屈ませれば、熱を持つ何かがどろりと股から垂れた。鉄臭い、強い異臭が鼻を突き、己の体から流れ出ている物が血であると理解できた。夥しい量の血が流れ出るのを、ただただ苦痛で朦朧とした頭で眺めるしかなかった。
 生理的な涙が冷や汗と混じり合いながら顔を濡らす頃には、硬めの異物がぼとりと地に落ちたのが目に入った。何だろうと意識もぎりぎり保っていた状態でさらに前屈みになり、そこにある物を見つめると、なんだか奇妙な物体であった事を良く覚えている。小石のように小さいそれは、二つの玉が連なっているように見える。そのうちの一回り小さい玉には四つの根が生えているようだった。その四つの根のさらに中央に位置する管は、未だに股へ続いている。何かに酷く似ている、と脳裏に一瞬浮かんだ考えは、意識とともに消え去った。

ーーー『胎児』ーーー

 今思い返せばあれは、未熟で正しく生まれ落ちる事も出来なかったややこであったのは解る。それが自分の腹から流れ出る以前の記憶がない以上、相手の男は誰であったのかは定かではない。ましてや、ややを作る行為が同意の元なのか、それとも無理矢理であったのかは更なる謎にしかなりえなかった。ーーー後者なのであろう、とは思っているが。想い合っている者同士での行為ならば相手も女の顔を見に来るだろうに。それが出来ぬのならば、その殿方は何らかの事情で会えない、もしくは死しているか。いや、やはり現実的ではないだろう。どんな事情があるにせよ、小汚い、齢十にしかならない女児に色恋沙汰で手を出す酔狂な物好きはこの世にいない。手短に弱く、性欲の捌け口として成り立ち、幼くとも性が女である者を選んだのならば、まだ理解出来るというものだ。まあ最も、このご時世ならば肉欲を銜え込む『穴』さえあれば、女も男も関係なかっただろうが。
 あれから幾年も過ぎ去った今、ふと己の最古の記憶に思考を巡らせる事態を招いたこの状況に苛立が収まらない。別に過去はどうでも良いのだ。どんなに汚れていて、不幸せな出来事が最初の記憶として脳に刻まれていたとしても、この記憶は己の数少ない幼少期の出来事。今の私を作り上げた基盤と言っても良い。他人とは違う生い立ちであったとしても、痛みを知り、生きる事に執着出来たのは、他でもないこの時の出来事のおかげだ。当時刹那に浮かんだ死の恐怖も、流れ出た胎児による苦痛がなければ決して味わう事もなかったはずである。周りとくらべりゃあ我が強く、男の顔を立てるなんざまっぴら御免だと唾を吐き捨てるような下品な女になったのは認める。が、生きて行く事に貪欲な性分である以上、世間の常識とやらは只の煩わしい雑音でしかなかった。私の決めた生き方だ。陰口は言われようとも、邪魔だけは誰にもさせない。

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