第二幕その三
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「愛故です」
彼女は沈痛な顔でそう言った。
「私の過去のことも確かにあります」
「・・・・・・・・・」
「ですが今は。彼の為に全てを捧げたいのです」
「しかしそれでは」
「構いません」
目を閉じ首を横に振った。
「過去の愛を知らず、束の間の宴にのみ生きていた私に愛を教えてくれた方なのですから。何を迷うことがありましょう」
「そうなのですか」
「おわかりになって頂けたでしょうか」
「充分です」
封筒の中に書類を入れた。そしてテーブルの上にそれを置いてからまた言った。
「ですが私はそれでも」
「わかっております」
その目に全てを悟った諦めの色が浮かんだ。
「それも私には感じられていました」
「そうだったのですか」
「私の様な者には。愛という幸福は」
「そのうえでお話したいのです」
ジェルモンもまた沈痛な顔になっていた。言いたくはなかったがどうしても言わずにはいられなかったのだ。
「アルフレードのことと」
「はい」
「その妹のことで」
「妹、彼に」
「神は私に二人の子供を与えて下さいました。一人はアルフレード、そしてもう一人は」
「娘さんですね」
「そうです。私にとってはかえがえのない存在です」
彼は静かに言葉を選びながらそう言った。
「もうすぐ他の者の妻となります。ですがその時に」
「アルフレードのことが噂になれば」
「おわかりでしょう。ですから」
「わかりました」
ヴィオレッタは静かに頷いた。
「それでは暫くの間」
彼女は苦渋の決断を下した。
「アルフレードから」
「いえ」
だがジェルモンはまだ言った。
「私がお願いしているのはそんなことではありません」
「まさか」
それを聞いたヴィオレッタの顔色が一変した。
「貴方はまさかそれを私に」
「はい」
ジェルモンは頷いた。
「お願いできますか」
「何と恐ろしいことを」
彼女はそう言ってそれを拒絶しようとした。
「私が彼をどれだけ思っているのか。御存知になられた筈です」
「それでもです」
彼は言った。
「私にはあの人だけしかいないのです」
彼女は必死にそれを拒もうとする。
「あの人が私にとってはもう全てだというのに」
「それでもです」
ジェルモンも引き下がることはなかった。
「私はもう長くはないのです」
「それもわかります」
ジェルモンは答えた。
「そのお顔を見れば」
「やはり」
「胸を患っていられますね」
「はい」
ヴィオレッタはそれを認めた。
「もう長い間。立つのも辛い程に」
「やはり」
「血こそ吐きはしませんが。次第に命の灯が弱くなっていくのがわかります」
結核であった。この時代は死の病であった。ヴィオレッタの胸の病はこれだったのである。
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