Episode 2 狼男の幸せな晩餐
夜半の来訪者
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「うん、味も薬膳としてのバランスも完璧!」
小さじで一口味見をすると、キシリアは満足げに頷く。
あとは犬科の因子を持つ彼の舌でも食べられるまで冷めるのを待つだけ。
そう……人間と同じで熱々な料理を出しても、喜んでもらえるとは限らないのだ。
多様な人種を含む魔族の国で料理を出すならば、決して忘れてはいけないことである。
「はい、一皿できましたよ」
「おぉおおお!!」
キシリアがちょうど良い温度に温まった大皿を持って現れると、ノルベルトは待ちきれないといわんばかりにシッポを振って彼女を迎えいれた。
まだ? 早く料理をテーブルに置いて!
キラキラとした目がそう訴える中、苦笑しながらキシリアがその前を横切り、ナプキンを広げたテーブルの上にコトリと小さな音を立てて大皿を置く。
「はい、ちゃんとスプーンを使って食べてくださいね」
「……うん」
銀アレルギーであるノルベルトのために、普段使っている銀のスプーンではなく陶器で出来た大きなスプーンを取り出すと、キシリアはいたずらっ子を足し泣けるような表情でそう注意を促した。
――食器を使う習慣が無いので、ほっとくと皿を持ち上げてそのまま口に流し込もうとするのだ。
せっかくの料理なのだから、ちゃんとスプーンをつかって味わいながら食べて欲しい。
……料理人からのちょっとした我侭に、オヤツを前にした子供のような顔で頷くと、ノルベルトは食事の前の祈りもそこそこに、真っ白な陶器のスプーンを微かに湯気の立つスープの中に差し入れた。
そして
「うまあぁぁぁぁぁぁい!!」
それはまるで春の華やかなレビューを見るような、いうなれば味の寸劇だった。
まるでファンファーレのように蟹の旨みが前面に押し出され、つづいて卵のまろやかさと菜の花のほろ苦さが口の中にあふれ出し、後に続く複雑な香辛料の香りが食材の旨みを引き立てながら幸せな余韻を残して鮮やかに幕を閉じる。
海鮮物特有の生臭さは最初から無い。
料理にかけられた手間そのものの優しさが口の中にいつまでも残るが、それ以上に胃袋が"次"を欲しがって指がせっせと皿と口を往復するための労働を開始する。
「あ……空っぽ」
やがて皿が空っぽになった事に気づくが、スプーンは悲しくもその腹を晒してコンコンと乾いた声を上げるのみであった。
終わってしまえばあっという間の邂逅。
なんてつれないスープだろう。
さっきまではあんなに激しく愛し合っていたのに。
おいしさのあまり急いで食べ過ぎたノルベルトに出来るのは、いじましく背中を丸めて次の料理を待つことだけだった。
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