暁 〜小説投稿サイト〜
おいでませ魍魎盒飯店
Episode 2 狼男の幸せな晩餐
夜半の来訪者
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白鞠森髭を刻んで油と一緒に炒めながら練りあげた甘い野菜ペースト、さらにバターと小麦粉を練って固めた団子と共に牛乳の中で暖める。
 急な来客があっても安心な、ちょっとしたインスタントのペシャメールソースの出来上がりだ。

 さらに作り置きの濃縮鶏がらスープを一掬い、蟹殻の濃縮スープを一掬い、迷迭香(マンネンロウ)の枝を一挿し入れて異なる二種の味に調和を与える。
 軽く混ぜれば、異なる味と香りが魅惑の三重奏を厨房の大気の中で奏で始めた。

 貝殻のような形のマカロニは、キシリアがフッと軽く息を吹きかけたとたんに水気を帯びて柔らかなパスタになり、やや卵色を帯びるミルク色のペシャメールソース海に落とされる。
 全てを混ぜて蟹の甲羅の中に注ぎ、さらに上からパセリに良く似た香芹の葉を刻んで振りまき、理力式のオーブンに入れる。

「我が理力よ、我が言葉を真実として受け入れよ。 満ちよ、マイクロウェーブ波。 この箱の中を加熱せよ。 温度は250度。 時間は15分。 急々如律令、灼!」
 その詠唱と共に陶器の箱の中が高温の大気にて満たされた。

「さて、今のうちにスープを作るか。 春先だから蟹はいいんだけど、寒に属しているからなぁ。 葱だけじゃなくて生姜も加えるか」
 指を鳴らして鍋の中の蟹のスープを一瞬にして加熱すると、まず生姜を薄くスライスして鍋の中に投げ入れる。

 先ほどからキシリアが口にしているのは、彼女が前世で習い覚えた薬膳による知識だ。
 相手が体力勝負な漁師だけに、体に良いものを出そうという心遣いである。

 その漢方薬と根源を同じくする複雑な理論によれば、蟹は"寒にして(カン)"という属性となり、体を強く冷やしてしまう食べ物だ。
 ちなみに鹹は塩辛いという意味である。

 血を補い、春に足りなくなりがちな陰性を補うため、春に食べる物としてはむしろ積極的に摂取すべきものなのだが、体を冷やすのはやはりよろしくない。
 かといって、唐辛子などは陽性を補ってしまうので、陰性の不足しがちな春には控えなければいけない食べ物なのだ。
 なので体の中から邪気を祓う性質を持ち、"温"の性質をもつネギや生姜でバランスを整えるのである。
 
 生姜のエキスが十分に溶け込んだことを確認すると、キシリアはこれをスープから取り出し、同じく温の性質を持つ菜の花と、薄切りにしたサーモン色のキノコを鍋に加え、一煮立ちした後に溶き卵を加えてザッとかき混ぜた。
 ここでも、僅かに涼の属性を持つ鶏の卵ではなくて鳩の卵を使うのがポイントである。
 さらに皿に軽く炙ったハード系の薄切りパンを並べ、その上から半熟卵の色で半濁になったスープを流し入れると、仕上げにこの地域の特産で爽やかな香りと微かな辛味を持つビェンスノゥクレスの葉っぱを添えた。

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