暁 〜小説投稿サイト〜
おいでませ魍魎盒飯店
Episode 1 転生乙女は妖精猫を三度断罪す
罪人来たりて蟹を食う
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「ん〜 そろそろ店じまいすっか」
 午後二時ごろを過ぎると、キシリアは大きく伸びをして表に出していた商品のワゴンを店の中にしまい始めた。
 キシリアの経営する雑貨屋"アトリエ・ガストロノミー"の閉店時間は非常に早い。

 そもそも本人が趣味でやっているだけなので、売るつもりがサラサラ無いのだ。
 内容も、見る人が見ればよだれモノではあるものの、一般の魔族たちには何がなんだかサッパリわからない代物のオンパレードである。

「このキノコとか、パスタにすると絶品なんだけどなぁ……わかんないよなぁ」
 さも愛しそうにキシリアが撫でるのは、ビン詰めの乾燥茸。
 味と香りは地球にいた頃の高級キノコ、ポルチーニ茸そのものである。
 ただし、もともとの世界にあるものとは微妙に違ってその表面はほんのりと桜色をしていた。
 この店にある品物は、すべてがそんな感じである。

 まぁ、有体に言えばこの雑貨屋で扱っているのは料理の道具や食材であり、この魔界においては唯一食器や調理器具を扱う店でもあった。
 ところが……料理したモノを食べることは好んでも、魔族たちに料理を行うという習慣は未だ無い。
 だから、興味をもたれ無かったとしても仕方のないことで……。
 すなわち、客がまったく来ないのだ。

 開店してからずいぶんと経つが、売れたのはアンティークなコーヒーミルが一点のみである。
 バリバリの実用品なのだが、おそらく飾りとしてしか使われていないだろう。
 想像するだけで思わず涙で視界が滲みそうだ。
 ある程度予想はつくだろうが、魔界の住人に地球の常識は通用しない。
 フライパンを見ての客の感想が、「盾とメイスを融合した新しい武器か?」だったのは、思わずがっくりと膝を落とすほど新鮮な体験だった。

 そんな過去の思い出を独り口にしつつ後片付けを終えると、キシリアは足りない食材のチェックに入る。
 店は閉じても、仕事は終わったわけではないのである。

「そういえば……そろそろ保存用の蟹の解呪をしないと」
 そう呟きながら、キシリアは地下倉庫へと続くドアに手をかけた。
 自給自足が基本であるこの魔界において、食材市場などという便利なものは存在しない。

 ゆえに食材の調達に関しては別途なんでも屋に依頼を行っているのだが、毎日依頼を出して新鮮な素材だけを使うような余裕があるはずもなく、蟹などという鮮度が求められる食材に関してはまとめて補充しておいてから腐食を停止させる呪いをかけておくのだ。
 冷蔵庫は別にあるのだが、なにぶん呪詛で停止させたほうが劣化少ないのだから、これを使わない手は無い。
 ちなみにこの事実を知ったとき、現代の地球社会の何もかもがこの世界より優れているというキシリアの中の幻想はあっけなく崩れ去っていた。

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