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戦国御伽草子
参ノ巻
守るべきもの

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亡人と会ったことなどないぞ」



「そうみたいね。とりあえず今日はありがとう。父上は先に帰ってて。元気そうで良かった。あとで説明するから、多分。それじゃ」



 ぶつぶつ言う父上を馬に乗せてあたしは送り出した。そもそも父上は馬が苦手だ。



 ひとりで遠駆けなんて、するわけがない。



 するとやはり間違いなく、父上じゃない誰か…。



 前田を(かた)るからには、前田家に恨みを持つ誰かが、村雨の奥方を(おとしい)れたことになる。



 それには、なんだか村雨の奥方の言動も疑問が残る、結構つかみ所のないものだったけど…無意識に庇ってる?ってこと?それにしてもなんか腑に落ちないな…。



「あなたが、いつか旅立つのは、わかっていました」



 あたしは歩みを止めた。いつの間にか、速穂児を残してきた居間へ、戻ってきていた。



「村雨家によく仕えてくれました。どこへでもおゆきなさい。あなたは自由です、速穂」



「義母上、長い間、お世話になりました。恩を返さぬ不肖(ふしょう)の速穂をお許しください」



「なにをいうの。親への恩は誰でも返しきれぬものですよ。そのぶん、あなたの子に注いでおあげなさい。…でも、そうね…。あなたは、千集と同じで、わたしも共に在った時間が長いから…やはりわかっていても、寂しいものですね」



「義母上…」



「千集にも会ってあげてください。あの子はあなたを実の兄のように慕っていた」



「いいえ」



「なぜ」



「もう行きます。二度と会うことはないでしょう。義母上、村雨は今が正念場です。父上が亡くなられて辛い気持ちはわかります。ですが人はいつまでも夢の中では生きていけない。私も苦しみました。でも、許してくれる人がいた。だから、こうして一歩踏み出せた。義母上、若は戦っています。村雨は憎しみで目が曇っている。支えてあげてください。母として」



「あなた、好きな人が出来たの?」



 唐突で思いもかけない質問だったのか、部屋の中の音が消える。



 中に入っていける雰囲気でもなく、あたしは障子の外で(たたず)んでいた。



「…はい」



 えっ!



「そう…恋は女を変えると言うけれど、あなたも守るべきものが出来たのね」



「義母上。あなたの恋しているお相手は、前田の忠宗どのではありません」



 今度不意を突かれたように黙るのは、村雨の正室の方だった。



「若と話をしてください。沢山。私たちは、命を奪うことに慣れすぎた」

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