第二幕その三
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きた。
「けれど私は」
「細かいことは言いっこなしだ。ここで逢ったのも何かの縁」
「まあ一杯やってけ」
「酒ですか」
思えば身体がかなり冷えていた。ここに来るまで碌に何も食べていなかったからそれも当然であった。グリゴーリィはごくりと喉を鳴らした。
「少しいいですか」
二人の方へ歩み寄って尋ねた。
「ああ、いいとも」
「ロシアとの別れに一杯やろう」
「一杯でなくてどんどんな」
「はい」
「おや、もう一人おられたんですか」
おかみが戻って来てこう言った。見ればグリゴーリィは二人と一緒に木のテーブルに座っていた。
「どうも」
グリゴーリィはペコリと頭を下げた。
「今通り掛かった若い僧侶でしてな」
ワルアラームがおかみに説明する。
「ここで会ったのも何かの縁。それで誘ったのですよ」
「そうだったのですか。まあ人数が多い方が楽しいですからね」
気さくなおかみはミサイールのその言葉にも頷いた。二人のいささか図々しいと言えるような態度にも全く眉を顰めさせはしない。懐の広いおかみであった。ロシア女の気質と言うべきか。
「それじゃまずは一杯」
「どうも」
木の大きな杯に酒を入れる。おかみも入れての乾杯の後ワルアラームはその大きな杯の中にある酒を一気に飲み干した。そして顔を赤らめさせて立ち上がった。
「それでは酒の御礼に一興」
「何をしてくれるのですか?」
「歌を。宜しいですかな」
「歌?」
「はい、イワン雷帝の歌です。宜しいでしょうか」
「悪くないねえ。それじゃあそれを」
「では」
ワルアラームは恭しく頭を垂れた。そしてミサイールが手で拍子をとる。彼はその手拍子に合わせて歌いはじめた。
「その昔カザンの街であったこと、イワン雷帝祝宴張って上機嫌」
彼は朗々とした声で歌いはじめた。調子のいい歌でミサイールの手拍子は絶妙だった。ワルアラームの歌も中々見事なものであった。
「街を牛耳るタタールを、見事に破って上機嫌」
「タタールを」
「そう、タタールを」
歌の合間におかみに応える。これはサービスであろうか。
「大砲を持って来てドカンと派手にぶっ放した。そしてタタール共を吹き飛ばし」
「タタール共を吹き飛ばし」
ミサイールも乗ってきたのか歌いはじめてきた。
「四万と三千も倒してやった」
「四万と三千も倒してやった」
「これがカザンであったこと。雷帝はその街をロシアに下された」
「雷帝はその街をロシアに下された・・・・・・ん!?」
ここで二人は黙り込んでいるグリゴーリィに気付いた。
「おい若いの」
そして彼に声をかけてきた。
「ノリが悪いな。どうしたんだ?」
「いえ、何でもないです」
だが彼はそれに答えようとはしなかった。
「そうか。何か顔色がよくないぞ」
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