第五幕その五
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はわしだ」
「それは」
「わしは皇子が死ねばいいと心の何処かで思っていた」
そう告白する。そこに僧侶がやって来た。ピーメンとは違う僧侶である。
ロシア皇帝は言うまでもなくロシア正教会とは密接な関係にある。皇帝教皇主義をとっていたギリシア正教の流れを汲むものであるからこれは当然である。戴冠式は総主教によって王冠を授けられ、臨終の際は剃髪を受ける。そして修道僧となって死を迎える習わしであった。
「残念だが遅かったな」
ボリスはその僧侶に顔を向けて言った。
「わしはもう死ぬ。それにわしには」
声は出る度に弱くなっていっていた。
「修道僧になる資格もないのだ」
「それは」
「息子よ、聞くがいい」
彼は息子にまた顔を向けた。
「わしは野心を持っていた」
最後の懺悔であった。
「皇帝になりたいと思っていた。心の奥底でな」
「はい」
「わしこそがロシアを正しく治められると思っていた。それを否定したかったが事実じゃ」
「そして皇帝になられた」
「なりたくはないという気持ちもあった」
その目の光も弱まっていく。
「だからあの時は拒んだ」
即位の時である。
「しかし皇帝となった。じゃが罪は」
弱々しく微笑む。
「消えはしなかった。野心の罪はな」
「父上」
「さらばじゃ。新しき皇帝よ」
優しいが弱い微笑みを息子に向けた。
「わしの罪は消えはせぬ。だがそなたには」
もう声は消え入りそうであった。
「罪はない。ロシアを・・・・・・治めよ。わしの様にはなるな」
そう言い残して事切れた。ゆっくりと目を閉じ口を閉じた。これがボリスの最後であった。
「父上!」
「御臨終だ」
貴族の誰かが呟いた。
「陛下の。そして」
「ロシアの」
誰も何も言えなかった。ただそこに茫然と立ち尽くし、父の亡骸を抱いて泣くフェオードルを見ているだけであった。皇帝ボリス=ゴドゥノフは今崩御した。
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