戦場に猫
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猫は丘に立っていた。
猫は少し高い丘に立ち、眼下に広がる赤い平原をその黄金の瞳に写していた。
艶やかにひかる漆黒の毛並みは、雨に濡れた烏羽のよう。
猫は、戦場を見下ろしていた。
するりするりと、人が入り乱れる平原を進んでいく。
頭上では、剣や盾を持った人間たちが、金属音を撒き散らしながら戦っていた。
時折、どさりという音と共に、体のどこかを赤く染めた動かぬ人間が、黒猫の前を塞ぐように落ちてくる。
それさえも乗り越えて、猫は前へと歩き続けた。
いつしか、猫の足は紅く染まっていった。
それでも猫は歩みを止めない。空から落ちてくる剣を、盾を、矢を、肉体を。巧みに避けながら、猫は前へ進んでいった。
ふと、猫が歩みを止める。
目の前には、剣を打ち合う少年と兵士。少年はまだ大人になりきっていない未熟な身体をしていた。
そう時間も経たないうちに、少年は剣を弾き飛ばされ、胸を深く斬られた。
吹き出す血。
少年は、ゆっくりと後ろに倒れた。
勢いで横を向いた少年の平凡な顔が、猫を見つけた。かすれた声で、猫に話しかける。
あれ、君。君だよ、そう、君。
猫はまるで言葉がわかるかのように、その場で座った。
周りは死の淵の喧騒に塗れているのに、少年と猫のいる空間だけが、切り取ったような、静寂に包まれていた。
君、こんなところにいては、踏まれてしまうよ。
猫は答えなかった。ただその黄金の双眸を、少年の青い空のような瞳に向けていた。
僕にはね、妹がいたんだ。
少年は、猫にいうよりむしろ、独白するような口調で言った。
だから、帰らなくちゃいけないんだ。妹は泣き虫だから、僕がいないと買い物にも怖くていけないんだ。母さんが死んで4年間。2人で身を寄せ合って生きてきたんだから、これからもずっと一緒なんだ。
やがて少年の眼から、透明な涙が溢れる。
ねえ、君。聞いてるんだろ? 僕の、最期のお願いだよ。妹に、このハンカチーフを渡して欲しいんだ。少し、血で汚れてしまっているけれど。
震える手で胸元から白いハンカチを取り出した少年は、猫の目の前にそれを置いた。
その、花の刺繍はね、妹がやったんだよ。下手だろ? お守りにって、妹、が。
少年は視線を空へ向けた。空は、どこまでも青かった。
妹はね、僕と同じ金色の髪を持ってるんだ。名前はアン。泣き虫で、弱虫で、ちょっと怒りんぼだけど。でも、僕の大事な妹なんだよ。
少年の青空のような瞳から、だんだんと光が消えていった。
猫は、黙っていた。
ねえ、君。名も知らない君
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