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ボリス=ゴドゥノフ
第五幕その二
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急かす。
「あの時みたいに」
「黙れ」
 シェイスキーが前に出て来た。
「戯れ言を。捕まえるぞ」
「待て」
 だがボリスはそれを制した。
「聖愚者だ。よい」
「しかし」
「よいと言っているのだ」
 まだ何か言おうとするシェイスキーを下がらせた。そして聖愚者に向かって言う。
「聖なる方よ」
「何だ?」
 聖愚者はそれを受けてボリスに顔を向けた。汚れているが決して卑しい顔ではない。
「わしの為に祈ってくれないだろうか。ロシアの為にも」
「駄目だ」
 だが聖愚者はその要求に首を横に振った。
「どうして」
「聖母様が許されない」
「何故だ」
「ヘロデ王に対しては。祈ることが許されていないからだ」
「ヘロデ王に」
 預言者ヨハネを、その兄弟であるヤコブを殺した王である。聖書においては暴虐の王としてあまりにも有名である。ロシアにおいても邪悪な王として知られている。
「祈ることは出来ない。だから駄目なのだ」
「そうか」
 ボリスはそれを聞き俯いた。
「わしは・・・・・・神からも」
 苦しそうに呟いた。それに答えられる者は誰もいなかった。遂にボリスには救いが完全に奪われたのであった。少なくともボリスはそう感じた。

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