第三幕その一
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ん、泣かないで」
彼はクセーニャに対してこう語っていた。
「悲しいのはわかるけれど泣いたって何もならないよ」
優しい声で言う。だがクセーニャはそれでも悲しい顔のままであった。
「けれど」
赤い目をして言う。
「あの人はもう」
机の上にはロシアの巨大な地図がある。どうやら少年はそれを見て勉強していたらしい。そして部屋の左隅には大きな時計が置かれている。この時計だけは豪奢でありベルまで付いていた。ボリスが子供達の為に特別にスペインから取り寄せたものである。
「お墓にいるのよ、フェオードル」
弟の名を呼ぶ。
「それなのにどうして悲しまずにいられるの?」
「それはあれを見て心を慰めて」
「あれ?」
クセーニャはそれを受けて顔を上げる。
「ほら、あれだよ」
フェオードルは時計を指差す。そのスペインの時計を。
「あの時計は凄いんだよ」
「凄い?」
「そうさ、時間になったらベルが鳴ってラッパや太鼓と一緒に人間達が出て来るんだよ」
「おもちゃでしょ」
からかうように告げる。だが。
「けれどそのおもちゃが人間そっくりなんだ。凄いだろ?」
「スペインの時計ね」
「うん」
「凄いのはわかるわ。スペインなんだから」
当時のスペインはそれまで国を支えてきたフェリペ二世をなくしていた。だがそれでも依然として欧州にその名を知られた強国であった。寒い欧州の端にあるロシアから見れば夢の様に眩く、そして華やかな国であった。
「そのスペインのものなんだよ」
「けれど私のあの方はデンマークの方だった」
やはり気は晴れなかった。
「もう私は」
「姫様」
ここで年老いた乳母が部屋にやって来た。
「そんなに悲しんでも仕方ありませんよ」
「けれどばあや」
「殿下も言っておられるではありませんか。悲しんでも仕方ないと」
「それでももう」
「姫様」
乳母はクセーニャの側まで来るとまた言った。
「娘の涙は朝露と同じものですよ。お日様と共に消えてしまうもの」
「けれど私の涙は消えないわ」
「さて、それはどうでしょうか」
あえてクセーニャの言葉をひっくり返してきた。
「一目惚れはよくあること」
「一生のことだったわ」
「けれど捨てる神があらば拾う神ありですよ。まずは御聞きなさい」
「何を?」
彼女は暗い顔のまま乳母に問うた。
「私の話を。いいですか?」
「よかったら話して」
クセーニャはそれを促した。
「何のお話かよくわからないけれど」
「わかりました。それでは」
乳母はそれを受けて話をはじめた。
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