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ボリス=ゴドゥノフ
第二幕その五
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第二幕その五

「何しろ今は飢饉ですから。誰も何も持っておりませんで」
「そうだな」
 この時ロシアは大規模な飢饉の最中であった。皇帝であるボリスはこれに対して早速貧民救済に乗り出したがそれも焼け石に水といった有様であった。その為ロシアは絶望的な有様に陥っていたのである。
「お寒い状況です。どうしていいものやら」
「では何も持っていないのだな」
「はい」
 今度はミサイールが答えた。
「このおかみさんが寄付して下さった僅かばかりの小銭ばかりです」
(小銭なぞ取っても仕方ない)
 役人はそれを聞いて心の中で呟いた。
(何もない。帰ろうか)
 そう思った時であった。後ろにいた同僚が彼に声をかけてきた。彼と違って真面目な顔をしている。どうやら本当に真面目な人物であるらしい。
「異端者のことは」
「おっと、そうだった」
 彼は同僚に言われてようやく思い出した。そしてまたワルアラーム達に尋ねた。
「ところでな」
「はい」
 また質問がはじまった。
「モスクワから一人異端者が逃げ出したのを知っているか」
「異端者が」
 おかみはそれを聞いて顔を暗くさせた。
「ここにですか」
「うむ。リトアニアの方にな。逃げようとしているらしい」
(まずいな)
 グリゴーリィはそれを聞いて顔を顰めさせた。
(気付かれるか)
「それでその異端者だが」
「はい」
 役人はグリゴーリィの様子には気付かず話を続ける。
「決まり通り縛り首にせよとのお達しじゃ」
 当時異端者は縛り首にされていた。ロシア正教での決まりである。これは十六世紀に定められ、長い間続いていたものである。
「ここに命令書があるのだが」
 彼は同僚が出して来た命令書を前に出す。
「御主等読めるか?」
「いえ」
「神が御召しにならなかったので」
 二人は字には疎かった。
「そうか。ならば仕方がないな」
 実はこの役人も同僚も読めはしない。当時のロシアでは貴族や役人であっても位が下ならば碌に字が読めない者が普通にいたのである。
「そこの若いの」
「はい」
 困った彼はグリゴーリィに声をかけた。
「読めるか」
「はい、読めますが」
 彼は答えながら考えていた。
(若しかしたら)
 それは自分のことが書かれているに違いない。どうするべきか。そう考えていた。
「では読んでみろ」
 役人は彼が字が読めるのを聞いてそう言ってきた。
「よいな」
「はい」
 それに従い彼は命令書を受け取った。そして読みはじめた。
「チュードフ修道院の不徳の僧グリゴーリィ=オトレーピエフ」
(やはり)
 自分のことであった。読みながら顔が青くなる。
「どうしたのか」
「いえ、何でもありません」
「そうか。では続けよ」
「はい」
 何とか誤魔
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