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巫哉
巫哉
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 とろりと優しい光に包まれた満月が、夜空に浮かんでいる。



 夜の冷えた空気が日紅の上記した頬を包んで心地が良かった。



「巫哉!」



 『彼』は相も変わらず、古ぼけた公園の、木の根元にいた。丁度月光が煌めき『彼』の姿を凛と浮かび上がらせる。遠くからでもその姿がよく見えて、日紅は駆け寄った。



「ぶ!?」



 その勢いで『彼』に飛びつこうとした日紅はびたん、と何かにぶつかった。



「にゃにこれ…」



「てめぇはそのやたら飛びつく癖どーにかしろ」



 『彼』のあきれ顔が目の前に見える。見えるのだが、日紅の身体は何か透明な板のようなものに遮られて『彼』に近づくことができない。日紅は空中に張り付いている自らの身体を引き剥がした。『彼』から見た日紅はさぞや面白い顔をしていたに違いない。



「ぷほっ!なによー巫哉にしかしてないからいいじゃない!なによこれ、この、見えない…板!?こんなのに(あやかし)の力使うなんて卑怯なんだからね!」



「俺にしかしてないことの何がいいのかわからねぇし、卑怯でもねぇ。俺に飛びつこうとするてめぇが悪い」



「わるくなーい!だって久しぶりだし…てゆーかあたしにそんな口きいていのかな〜巫哉くん!」



「なんだ」



 日紅はにやりと笑った。



「ふっふっふっふー…」



「何だよ」



「あたし、ちゃーんと思いだしたよ!巫哉の本名」



 『彼』は瞠目(どうもく)した。それを見た日紅はしてやったりと笑う。



 きっと『彼』は、日紅が本当に真名を思い出す事などできるわけないと思って、こんな無理難題を吹っ掛けたに違いない。幼いころに一度教えてもらったきりの名前だ。普通なら、絶対に思い出せないものだ。それを偶然夢で見たなどと随分虫のいい話ではあるが。



「…またあいつか」



「ウロ?ぶっぶーウロに教えてもらおうとしたけど、知らないって教えてくれなかったよ。自力ですー」



「教えてくれないも何も、あいつが俺の名を知るわけねぇからな。ただ、あいつはおまえの中にもともとある記憶を、引きずり出す事はできるんだよ」



「あ、そしたらやっぱり夢に見たのってウロのおかげなの?流石に都合良すぎかなーって思ってたんだけど」



(つい)でにこの前てめぇをここまで運んだのもあいつだ」



 日紅が熱のある体で『彼』を探して朦朧(もうろう)彷徨(さまよ)い、(うろ)に初めて会った時のことを言っているのだ。



「そうなんだ…。やっぱり、ウロ優しい。今度ちゃんとお礼言わなきゃ」

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