弐ノ巻
ひろいもの
3
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静かだった。
とても静か。
少し前まで、ここで、人間が暮らしていたなんて信じられないくらい静かで、見渡す限り視界を遮るものは何もなくなっていた。
思い出を蘇らせるような、青い畳も、咲き誇る庭の花も、木も、あたしの使っていた螺鈿の手鏡も、ひとの命も、なにもかもを呑みこんで、全てが黒く燃え尽きてしまった。
もう、ないのだ。いくら惜しんでも。
昨日降り積もった雪は名残も残さず融けてしまっていた。だから、余計に黒の瓦礫の山は目立った。
日はふわりと暖かく地上を照らす。あたしの身体はそれを拒絶するようにじわりと冷える。
どれぐらい立ち尽くしていただろうか。
風に背を押されるようにそっと一歩踏み出した時、後ろではらはらとあたしの様子を見ていた由良の息を飲む空気が伝わってきた。
あたしの不安定さは、由良も薄々分かっているのだろう。それか、優しい由良は、兄や義母を亡くしたあたしを気遣ってくれているのか。
大丈夫とひと声かけるのが正解だとわかっていても、あたしは振り返ることなく無言で歩を進めた。
ぱきりと足の下で炭と化した木が折れた。足の置き場を探しながら奥へ進む。足場は不安定で、指の先に、踝に、着物の裾にも炭は涙のようにこびりついた。
泣いてる、みたい。家が。あたしの生きてきた前田家が。家も黒い亡骸を無残に晒している。風邪でざわめく木の葉が慟哭のように聞こえるのは感傷か。
…義母上。
優しい人だった。大人しく、いつもそっと百合のように微笑んでいる人だった。
夫を亡くした義母上が、母上を亡くした父上の後妻に入って、苦労もしただろうし、いろいろ言われただろう。けれど、あたしたちを実の子のように愛しんでくれた。
義母上は前の夫との間に二人の子供がいた。その二人は、神隠しにでもあったのかある日忽然と消えてしまった。自分の子がいなくなったのだ、その嘆きは如何ばかりのものだったか。それでも、あたしたちにそんな姿を見せまいと振舞っていた。
優しくて、強い人。女はみな強い。あたしも、母上や義母上のように強くありたい…。
姉上様は、どうしておられるだろうか。
あの火事の後、あたしは佐々家へ、父上は前田の分家へ、姉上様は実家に戻られたのだ。
傷は、治ったのかな…大丈夫だよね、兄上が治してたんだも、の。
強い風が吹いた。髪が煽られてあたしの表情を外界から切り離す。
…兄上。
あたしは立ち止まった。前田家の、真ん中。燃える前は
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