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ラ=ボエーム
第四幕その一
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がそれは口には出さなかった。
「だったらいいんだけれどな」
(僕だって。まあいいか)
 自分の気持ちは押し殺していた。
「ああ」
「にしてもだ」
 マルチェッロは今描いている絵を見て苦い顔になった。
「何かな。筆が乗らない」
「どうしたんだよ」
「どうしたもこうしたもないさ」
 見れば若い女を描いている。だがその女の顔がどうにも上手くいかないのだ。
(何であいつの顔になるんだよ)
 どうしてもムゼッタの顔になるのだ。
「駄目だ、調子が悪い」
「相変わらずムラッ気が強いね」
「天才にもそういう時があるのさ」
「じゃあ休むか」
「ああ」
 マルチェッロは筆を置いた。
「まあ急ぎの仕事でもないしな」
「ゆっくりしていていいのか」
「そうさ。まあ気分転換でもするか」
「といっても何もないよ」
「酒もない」
 残念なのが言葉にも出ていた。
「そろそろ夕食の時間だけれどね」
「二人が戻ってくればいいけれど」
「何時になるか」
「それまではパンくずでもかじるかい?」
「それは君だけにしてくれよ」
 絵を消す時に使うパンくずのことを言っているのだ。
「絵の具臭いのは駄目なんだ」
「じゃあインクで味付けをするか」
「インクで?」
 ロドルフォはそう言われて顔をキョトンとさせた。
「どういうことだい、それは」
「ショナールに聞いたんだがな」
「ああ」
「イタリアのナポリの方じゃそうやって料理を作ったりするらしい」
「へえ」
 ロドルフォはそれを聞いて驚きの声をあげた。
「ナポリの連中もまた変わってるな」
「インクはインクでもイカのインクだけれどな」
「いや、それでも」
「それをスパゲティとかにかけてな」
「あの細長いやつか」
 この頃ようやくスパゲティが出回りだした頃である。パスタの歴史は長いがスパゲティの歴史はその中でも比較的新しいのである。最初は手で高くあげて食べていたのだ。
「そう、それでな。フォークを使って」
「真っ黒だろうな、そのスパゲティは」
「もう腹の中までそうなるらしいぜ」
「だったらイギリス人が食べればいい」
「あの連中に食べ物のことなんてわかるものか」
「ははは、そうだよな」
 ライバルであるイギリス人の味音痴も馬鹿にしていた。
「連中にはわからないか」
「そうそう、イカどころか何を食べるかわかったものじゃない」
「何が楽しみで生きているんだか」
「さてさて。まさか文学だけとか言うんじゃないだろうしね」
「文学だってうちの方が上だし」
「それはまたどうして」
「僕がいるからさ」
 冗談で胸を張ってこう言う。
「この大詩人がいるからね」
「それはいい。じゃああの高慢なジョンブルの鼻をへし折ってやってくれ」
「勿論さ」
「おう、いるか
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