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西郷と大久保
第四章
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「おいが国の害になるのなら天命として討たれるだけでごわす」
 何処までも達観していた、まるで自分の運命ではないかの様に。
「それだけでごわすから」
「いいでごわすか」
「それは一蔵どんも同じでごわすな」
 伊達に幼い頃より共にはいない、西郷もまた大久保の心を見越していた。そのうえでの彼への言葉であった。
「その役目が終われば」
「去るだけでごわす」 
 やはりこう言う大久保だった。
「そんだけでごわす」
「そういうことでごわす、だから」
「戻るでごわすか」
「東京はすぐに引き揚げもっそ。今夜は」
「飲むでごわすか」
 焼酎の他には僅かなあてがあるだけだ。政府の柱である者達とはとても思えないまでに質素な宴だ、だがそれでもだった。
 大久保は西郷の差し出した酒を受け飲んでから言うのだった。
「今日はとことんまで飲みもっそ」
「そうするでごわすよ」
「おいは今宵のことを忘れないでごわすよ」
 大久保もここでようやく笑った、そのうえでの言葉だった。
「死ぬまで」
「おいもでごわす。それなら」
「朝まで飲みもっそ」
「二人で」
 お互いに笑みを浮かべ合い共に痛飲した。そのうえで二人は別れた。
 西郷隆盛と大久保利通の絆は誰よりも何よりも深かった、しかしこのことは長い間誤解され西郷に比して大久保の人気は低かった。
 だが西郷を最も理解しているのは大久保であり大久保を最も尊敬していたのは西郷だった。このことは近年になりようやく知られることになった。
 二人が死んだ時彼等の残した遺産を見て誰もが驚いた。
 何もなかった、国政の頂点にあった二人だがそこには何もなかった。大久保に至っては国政の予算に回した莫大な借金があるだけだった。
 彼等は清廉潔白であり無私だった。それ故に袂を分かち大久保は西郷の死に涙したという。人にはそうせねばならない時もある、時がそうさせることもある。
 だからこそ西郷と大久保は袂を分かってしまったが二人の絆は確かなものだった、それが新しい日本を築いたことは覚えておくべきだろう、無私の二人のことは。


西郷と大久保   完


                   2012・12・2
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