第十三章 (1)
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いでる」
「病院の前で事故か。用意がいいことだな」
職員の1人が、隔離病棟の受付まで走ってきた。異音に不審を抱いた受付のおじさんは、傍らの老眼鏡を取ると、つっかけのまま自動ドアの前に走り出た。
「なんだね、今の音は!」
「た、大変なのよ、少しでも男手が必要なの!ちょっと来てちょうだい」
「…事故か?」
「病院の送迎バスと、なんか汚い自転車が接触して…バスが横転したのよ!!」
汚い自転車の主には申し訳ないと思うし、心から冥福をお祈りしよう。でもこれは貴重なチャンスだった。受付のおじさんが遠ざかるのを確認すると、僕らは隔離病棟の入り口に滑り込んだ。
メールの着信音と同時に、烏崎がリネン室のドアに手をかけた。小柄な男が、踏み込もうとする烏崎を弱々しく制する。
「…やめましょうよ、これ以上はもう…ごめんですよ…」
その声は、泣く寸前のように裏返っていた。
「…あの女、俺達の人生がかかってるこの状況で呑気にサボりやがって…犯ってやる犯りゃあ泣き寝入りするだろうが!!」
「どうしちゃったんですか!…こ、こんなこと、状況悪くするだけですよ!!」
「これ以上悪い状況があるか!!」
乱暴にドアが開け放たれた瞬間、柚木は烏崎に背を向けたまま、ぐっと息を呑んだ。白衣の下を冷たい汗が伝う。携帯を持つ手が汗ばみ、震えた。
―――ごめん姶良。…最悪の状況だね。
メールの着信を知らせる音は、まだ鳴り続けている。この病院のどこかで、姶良が呼びかけてきている。
…初めての遠乗りで、サークルの皆とはぐれた。もう戻れないかもしれない…そんな時、携帯が鳴った。『今、そこから何が見える?』電話の主は、不思議なイントネーションでそう言った。うまく伝えられない柚木に『一番特徴的な建物を写メして、送って』と、落ち着いた声で伝えた。遠浅な海の波みたいな声だな、とその時感じたのを覚えてる。…その後のナビゲーションは、まるで柚木が見えているようだった。『僕は千里眼なんだよ』と笑顔で言われたら信じてしまいそうな、黒くて深い瞳をしていた。
彼は柚木が不安に駆られるたびに、優しい声でこう言う。
―――落ち着いて、柚木。必ず戻って来れるから。
いつもそう言ってくれたから、暗がりも、よく知らない脇道も、全然怖くなかった。あの声を聞くように…そうだ、姶良の声を聞くように。
―――柚木は、携帯を耳に当てた。
「…もしもし!」
柚木の後ろの気配が、ぴたりと歩みを止めた。
「…あぁ、その件なら婦長に申し送ったよ。…へー、まじで?」
一旦言葉を切り、わざと驚いたような大声を出した。
「そこに、警官いるんだ!」
じり、と気配が遠ざかるのが分かった。
「なになに、なんか事件とかあったのかな!?…人殺しとか、紛れ込んでたりして!!」
背後で慌し
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