第百十六話 三杯の茶その二
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そしてそのうえでこう言うのである。
「そうせずにはいられぬし殿も聞いて頂く」
「よく魏徴と言っておられますな」
通具が述べる。
「殿は平手殿をそう」
「唐の太宗の諌臣じゃな」
「はい、あの人物だと」
「買い被りじゃ、それは」
平手は苦い顔になって言った。
「わしはあそこまで立派ではないわ」
「魏徴ではありませぬか」
「だから魏徴程立派な者ではない」
魏徴の人物については唐史に残っている。極めて謹厳実直であり忠誠心の塊の様な人物だった。だからこそ諌臣となったのである。
信長は平手を彼だと言う。だが平手自身はこう言うのだ。
「殿は太宗になれる。しかしわしは違う」
「いや、殿は太宗ですか」
「そうなりますか」
「唐の太宗でなければ宋の太祖じゃ」
人格的にはこちらの方が優れているかも知れない。
「宋の太祖と太宗を合わせただけの方になれるやもな」
「ふむ。あの二人ですか」
「宋を築いた」
「唐の太宗はどうもな。名君ではあっても」
平手は政争の上であるとはいえ玄武門の変で兄弟を殺ししかもその後で若しかすると、これは半ば強制的に退位させられ以後急死したことから平手がそうかも知れないと思っていることだが父まで殺したかも知れない唐の太宗については思うところがある。だが信長にはそれがない。
だから己の主にはこう言えたのだ。
「殿の方が遥かに優れておられるわ」
「確かに。唐の太宗にはどうしても陰がありますな」
「皇帝になった経緯から」
林兄弟もこのことは知っていた。唐の歴史に名高いからだ。
「しかし殿にはそうしたことはありませぬ」
「それも一切」
「勘十郎様もお許しになられた」
津々木に操られていたとはいえ謀反を犯したのは事実、それも二度だ。
だがそれでも信長は平手を許した、それで言うのだ。
「処罰もされたが勘十郎様のお心も見られてああされた」
「一時頭を剃り蟄居とされた」
「それですか」
「それでよかった」
実際信長の処断でよかったというのだ。
「あれでな」
「ですな。殿の見事なご処断でした」
「あれは」
「勘十郎様は織田家に必要な方じゃ」
このことは家中の誰もが認めることだ。戦は不得手だが内向きの政に秀で人格円満で生真面目な信行は確かに織田家に必要な人物だ。
「ああされてよかった」
「はい、確かに」
「それがしもそう思います」
「宋の太宗は自身の弟や甥達を死に追いやっている」
優れた政の才があった、だがそれでもだったのだ。
「兄である太祖もな」
「それも言われていますが」
「真相はどうなのでしょうか」
「それはわからぬがな」
宋の太宗が実の兄であり宋の初代皇帝である太祖を殺したかどうかは真相は一切不明だ。だが怪しいということは変わらない。
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